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.国際  投稿日:2017/10/13

歪んだ世界の日本観3 セックスレスの日本人


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「内外透視290回」キンモンス対談

 

【まとめ】

・日本以外にも出生率の低い国はあるが、海外メディアは伝えない。

・自殺が多い、子どもの数よりペットが多い、セックスレス、引きこもり、すべて日本社会のせい、と解説する。

・欧米のクオリティーペーパーもそうした記事を定期的に載せている。

 

キンモンス:米欧のメディアや学者たちは、たとえば日本の出生率についても「文化」を持ち出します。”Japan has one of the lowest birth rates in the world.“というのは、英語の記事ではもうほとんど決まり文句のようになっています。

古森:「日本は世界で最も出生率の低い国の一つである」と。

キンモンス:そのこと自体は間違っていませんが、その決まり文句以外に、同じ事実を伝える別の言い方があります。「日本とドイツとイタリアの出生率はいずれも1・4前後で、ほぼ同じである」。しかし、決してヨーロッパを引き合いに出す言い方はしない。 

古森:日本だけが変わっている、異端なんだと強調したいんですね。

キンモンス:さらに、スペイン、ポルトガル、ポーランドの出生率は日本よりも低いということを記事にすると、ではなぜ日本のことばかり書くのかということになってしまう。

古森:そういう事実は伏せて、日本がとくに悪い、特別なのだ、と言いたいわけですね。だがヨーロッパにも同じような特別の傾向を持った国が複数もあるとなると、日本特別論が成り立たなくなります。

キンモンス:そのとおり。そして出生率の低さを日本の「文化」によって説明しようとするのです。つまり、日本人は家父長的で、「男性が威張って家事をしないから」とか、「女性が差別されているから」というような記事もある。では、もし日本独自の文化が出生率の低さの説明になるのなら、なぜ日本国内の地域によって出生率の違いが生じるのでしょうか。たとえば沖縄の出生率は東京のほぼ2倍です。

古森:日本国内で2対1の差があるということですね。日本人全体の文化だとすれば、それほどの差は生まれないはずだ。

キンモンス:それに、日本は保守的だから出生率が低いといっても、保守的とみられている県のほうがかえって出生率が高い。たとえば鹿児島、佐賀……。

古森:女性が従順で、男性が威張っているというイメージのある県という意味ですね。

キンモンス:そういうことを書く欧米の記者には基本的な社会科学の知識がないから、完全に事実と違う記事もよく見かけます。日本の出生率は下がる一方であるなんて、とんでもない。2006年を底として、出生率はじわじわ上がっているのです。

 日本の自殺者は毎年3万人を超えているという記事も、つい最近、読みました。しかし日本の自殺者は、2009年をピークに下がっています。一方で、アメリカの自殺者はどんどん増えている。

また、自殺をどう定義するかによっても統計は違ってきます。単純に自分を殺すことと定義すれば、アメリカの自殺は日本よりもはるかに多い。なぜかというと、昨年2016年は4万4千人のアメリカ人が麻薬のやりすぎ(オーバードーズ:over dose)で亡くなっているからです。

古森:麻薬で死ぬのも、広い意味での自殺に入るというのはうなずけますね。それを統計に入れると、アメリカの自殺者数は膨大になってしまう。

しかし、『ニューヨーク・タイムズ』をはじめとして、かれこれ20年から30年も、なにかと言えば日本は若者の自殺が多い国であるという記事がアメリカの新聞に掲載されてきました。そういう記事には、日本が抑圧社会だからだという決まり文句がセットになっています。

キンモンス:イギリスの『ガーディアン』紙にも、”Why Japan prefers pets to parental?“ というようなバカげた記事が載るのです。

古森:「なぜ日本人は子供の親にならずにペットを飼うのか」というタイトルですか。『ガーディアン』というのは労働党系のちょっと左っぽい新聞ですが、イギリス国民には信頼されている一流紙ですね。

キンモンス:日本人が飼っているイヌとネコの数は、人間の子供の数をはるかに上回っているというのです。だけど、それはどこの国でも同じでしょう(笑)。もちろん飼っている動物の国勢調査をしている国などないでしょうが、アメリカでは飼っている動物の数が、子供よりはるかに多いはずです。にもかかわらず、いかにも日本が変な国のように書く。それがいいかげんな新聞ではなくて……。

古森:イギリスでquality paper、 つまり高級とされている新聞がそういうことを書く。

キンモンス:日本の新聞は真面目なニュースと娯楽記事とを区別して、あくまでも事実を伝えようとしています。朝日新聞や産経新聞のような一般紙と、スポニチやサンスポのようなスポーツ紙はまったく違う。

古森:イギリスは『ザ・サン』のようなゴシップを中心としたタブロイド紙が主力で、普通の人はほとんどそっちを読んでいる。部数が圧倒的に多いから、影響力も強いわけです。

しかし、それとは別に『ガーディアン』とか『タイムズ(ロンドン・タイムズ)』のようなクオリティペーパーがあり、こちらは信頼できる良質なジャーナリズムだとされている。

しかし、いまのキンモンス先生の話を聞くと、それもなんだかあやしくなってきますね。それはやっぱり読者がそういうものを喜ぶから、それにおもねっているということなのでしょうか。

キンモンス:イギリスの公共放送、BBCは2013年に”No sex, please.“という日本の特集番組を放送しました。日本人はセックスをしないので人口が減っているといい、日本の将来の姿として最初の10数分間、北海道の夕張の街を取り上げていた。しかし、夕張の人口減少は、炭鉱が閉鎖してしまったからであって、セックスとはまったく関係ない。これは偽りの情報です。

そして、番組のかなりの部分を使って、生身の女性より、モニター上のバーチャルな女性に夢中になる「おたく」こそ日本のごく一般的な男性であるかのように紹介していました。日本人の学生は、「ああいうヤツはいないわけではないけれど、きわめて少数派ですよ」と言っていました。

古森:ひどい偏向報道ですね。

キンモンス:もう一つのテーマは言葉です。たとえば「ひきこもり」とか「マタハラ」とかいった言葉ですね。

古森:マタニティ・ハラスメント、略してマタハラ。変な言葉ですね。アメリカではそんな言い方はないんでしょう。マタニティ・ハラスメントというのは日本での造語です。

キンモンス:アメリカでは「プレグナンシー・ハラスメント(Pregnancy harassment)」と言いますね。アメリカでは妊娠中に重労働をさせられたとか、侮辱されたとか、けっこう法廷に持ち込まれるケースが多い。しかし、「マタハラ」のような日本語を使うから、それを外国人記者が使うと、どの国にもある一般的な現象が、いかにも日本にしかない独特の問題のような印象を与えるのです。

古森:日本で作られた奇妙な言葉が英米のジャーナリズムの記事に使われて、いよいよ日本はおかしな国だと宣伝されることになる。

キンモンス:「ひきこもり」も同じ。ある外国人記者が「ひきこもり」は、個人より集団を重んじ、出る杭は打たれる日本独特の現象だと言っていた。でも、それは違います。子供の頃、私のおじいさんは「ひきこもり」でした。それは1950年代のアメリカのことですが、現代の日本の「ひきこもり」と変わらない。ただ、日本語の名称が付くと、それがいかにも日本にしかないもののように議論されるのです。

 ちょっと古い話ですが、2002年にすでにBBCが”Japan: The Missing Million“という番組で、日本の独特な現象として「ひきこもり」を取り上げています。

古森:”The Missing Million”というのは「いなくなって見えなくなった百万人」。つまり「ひきこもり」の人たちのことを言っているんですね。

キンモンス:そのとき、視聴者からは「日本だけの現象じゃない。自分も10数年間ひきこもっている」とか、「それはいま屋根裏に隠れている私の長男のことだ」とかいう電話やメールがたくさん寄せられました。にもかかわらず、いまだに『BBCマガジン』には1、2年に一度くらいの割合で、日本には相変わらず、相当な数の「ひきこもり」がいるというような記事が載るのです。

古森:「ひきこもり」はそのまま英語になっているんですね。「ツナミ」とか「カラオケ」のように。

キンモンス:はい。ヒキコモリ、コスプレ、エンジョコウサイ……みんな英語になっている言葉です。

(4に続く。12はこちら 全4回)

 

このキンモンス・古森対談は「世界の日本観はまだまだ蔑視と偏見だらけ」と題されて、月刊雑誌「WILL」2017年10月号に掲載されました。その内容を4回に分けて転載しています。

【修正: 2017年10月13日(金)13時36分

まとめに間違いがありましたので修正しました。】

修正前:日本以外にも出生率の低い国はありますが、海外メディアは伝えない。
 
修正後:日本以外にも出生率の低い国はあるが、海外メディアは伝えない。

トップ画像:アール・キンモンス氏 ©WiLL編集部


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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