歪んだ世界の日本観1 かっこいい日本と残酷な日本
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・欧米では日本の良い面でなく、悪い面ばかり取り上げている報道がかなりある。
・称賛と批判の2つの面を「クール・ジャパン(cool Japan)」と「クルーエル・ジャパン(cruel Japan)」と呼ぶ。
・日本に対する新たな(ネオ)人種差別(レイシズム)、文化的な(カルチユアル)人種差別が存在する。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全てが掲載されず、写真の説明と出典のみ残っていることがあります。その場合は、http://japan-indepth.jp/?p=36376のサイトで記事をお読みください。】
世界は日本をどうみるか。これはわが日本にとって永遠の課題である。日本ほど外部世界との円滑なきずななしには生きにくい国も少ない。だから日本にとって対外協調は常に国の存立にもかかわる超重要な目標なのだといえる。
そこで核心となるのは世界が日本をどのように認識しているか、である。世界の日本観だといえる。その日本観は世界のメディアや専門家たちが日本をどう伝えるかに左右される。そもそもアメリカやヨーロッパで日本はどう認識されているのか。アジアではどうか。その日本観を日本側が知ることは不可欠だといえよう。
この世界の日本観というテーマに長年、取り組んできたのがアメリカ人の日本研究学者アール・キンモンス氏である。アメリカのウィスコンシン大学で日本研究の博士号を得て、カリフォルニア大学やイギリスのシェフィールド大学、さらには日本の大正大学で教えてきた正統派の学者で、いまは大正大学名誉教授という立場にある。
私(古森義久)も日本の新聞記者としてアメリカ、ヨーロッパ、アジアに長年、駐在し、その地の日本を視る目というのを観察してきた。世界の日本観という課題には直接に接してきた。
その2人で世界の日本観の光と影を自由に論じてみた。
▲写真 古森義久氏 ©Japan In-depth編集部
以下はその対談の内容である。
アール・キンモンス(大正大学名誉教授):外国人が日本の伝統や技術を称賛して「驚きました」とか「スゴイデスネ」とか、日本を褒め讃えるようなテレビ番組が、いま非常に多くなっていますね。書店に入れば、日本は世界の尊敬を集めているとか、なぜ日本は愛されるのかとか、そういうタイトルの本があふれている。まあ、それも間違いではない。決して嘘ではないけれど、しかし、実のところ欧米では日本の悪い面ばかり取り上げている報道がかなりあるのです。それどころか、まったく根拠のない批判をする場合もある。
だから私は、その称賛と批判の二つの面を「クール・ジャパン(cool Japan)」と「クルーエル・ジャパン(cruel Japan)」と呼んでいます。
古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員):さてまずここでキンモンス先生の紹介を兼ねて、この対談の背景をちょっと説明させていただきます。私は毎日新聞や産経新聞の記者として長年、国際報道に携わり、とくにワシントンで通算20数年を過ごしました。その間に、アメリカ側の日本研究者、アジア研究者たちとの取材のための接触も多くありました。また米欧のそうした専門家やジャーナリストが日本を論じ、分析し、批判することにもいやというほど接してきました。
その過程でもう10年以上も前になりますが、アメリカの学者、研究者を中心とする日本関連のインターネット論壇のNBR(The National Bureau of Asian Research)という略称の意見交換の場があり、そこでキンモンス先生の存在を知ったのです。
日本での出来事や傾向、人物などを論じるのに、ずいぶん独断や偏見も多いのですが、キンモンス先生の意見はいつも現実をしっかりと把握して、しかも日本や日本人を上からの目線で断じることがない。さらに根拠のない独断的日本論には果敢に論戦を挑んでいく。そんな特徴からキンモンス先生に強い興味を抱き、今回の私の日本滞在でやっとご本人に直接、お目にかかる機会を得ました。
さていまキンモンス先生が指摘されたのは残酷という意味のcruelですね。つまりクールでかっこいい日本と、残酷な日本がある。
キンモンス:クルーエル・ジャパンは、たとえば自殺者が多いとか、暴力をふるって女性を虐待するという偏見に満ちたイメージです。
年齢層によって日本に対するイメージは違う。私の教え子の世代では、たとえば日本のアニメが大好きで、日本人にもいい印象を持っている。しかし、もっと上の世代では日本と日本人に対する偏見はかなり根強いものがある。その差が激しいのです。
それは歴史問題というよりも社会的な問題だと思います。だからこの十何年間、私の授業では日本の社会問題を取り上げて、歴史よりもむしろ社会学のようなものを講義している。たとえば「パラサイトシングル」「ひきこもり」「登校拒否」「過労死」「援助交際」などの問題です。外国人留学生はマンガやアニメやコスプレとかについては私よりもはるかにくわしいので、そういう方面については学生に教えてもらっていますが(笑)。
古森:それらの社会問題も「クルーエル・ジャパン」という偏見の一部だというわけですか。なぜそういうことになるのでしょう。
キンモンス:私の用語で言えば、欧米人たちのあいだにネオ・レイシズム(neo racism)、またはカルチュラル・レイシズム(cultural racism)と呼ぶべきものが存在しています。
古森:日本に対する新たな(ネオ)人種差別(レイシズム)、文化的な(カルチユアル)人種差別ですね。
キンモンス:19世紀の欧米人は、有色人種は知能が劣るとか、視力が悪いなどという生物学的、肉体的な差別を信じていました。第二次大戦中、アメリカでは日本人はみな近眼で出っ歯だと言われていたのがその典型ですね。いまは生物的・遺伝的な差別のかわりに、欧米人は日本人の価値観や意識の低さなど文化的なことを持ち出して日本人を差別しています。実際、欧米のジャーナリストや学者は日本人に対していわれのない優越感を持っている。
彼らはそれを前提に、ある意図をもって「少子化」「ひきこもり」「女性問題」「援助交際」のような日本の社会問題を取り上げるのです。
古森:日本について日本人が知らないことも自分たちは知っているのだ、という態度ですね。その種の主張には事実の裏づけがないことがほとんどです。
キンモンス:そうした記事で彼らが伝えたいのは日本の現実や事実ではなく、自国がいかに優れているかということです。日本はこんなにひどい国であるとあげつらい、まるで自分の国にはそんな問題がないか、あったとしても日本ほどひどくはないと言いたいのです。
現にある評論家が『ニューヨーク・タイムズ』に、アメリカにはこんなに欠点があると列挙した後、しかし、日本はわれわれよりもさらに悪いと書いていました(笑)。
それほど直接的に言うのはきわめてまれですが、しかし私は、そういう考えがつねに欧米のジャーナリストや学者の背景にあるのではないかと疑っています。彼らはそもそも日本の社会について基本的な知識を持っていないので、日本にとって不名誉な数字があれば、それを自分の都合のいいように取り上げて日本を論じようとします。
(その2に続く。全4回)
【このキンモンス・古森対談は「世界の日本観はまだまだ蔑視と偏見だらけ」と題されて、月刊雑誌「WILL」2017年10月号に掲載された内容を4回に分けて転載するものです。】
トップ画像:アール・キンモンス氏 ©WiLL編集部
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。