[梁充模]韓国は何故FTAを急いでいたのか~TPPを進める日本が考慮すべきことは何か?
梁充模(経済ジャーナリスト)
日本のメディアではあまり使われていないようだが、韓国のメディアからは「FTA経済領土」という用語がよく聞かれる。これは、FTA締結相手国のGDP総計を世界の総GDPで割って計算する指標だ。現在、韓国のFTA経済領土は世界3位の56.4%で日本はこれより約.3倍少ない17%程度だ。韓国が日本より自由貿易では一歩先んじていると思われている根拠だ。
日本が今までFTAに消極的に対応したきた背景には農業部門がある。農産物の平均関税率は23.3%の高い水準で、農業部門を保護している。米、麦、砂糖などをいわゆる「聖域」と呼ぶほど、農業に関しては譲ることはなかった。その反面、日本が競争力を持つ製造業部門の平均関税率は2.6%。これは相手国から見ると既に低いため、締結しても実益が少ない。つまり日本はFTAの相手国としてあまり魅力のない国だと認識されてきた。
一方、韓国は製造業部門の関税率を高水準で維持してきた。これは、まだ競争力を備えていなかった製造業部門を守るためだった。ある程度の競争力が備わった1990年代以降、韓国は保護障壁を崩し始めてFTA締結に集中した。
韓国がFTA締結を急いだ理由は「先占効果」にある。様々な分野で競争関係にある日本と台湾より先に巨大市場とFTAを締結して進出する、そうすればいつか競争国が進入してきても優位を保つことができるとの戦略だ。
しかし、最初から巨大市場とFTAを結ぶのは危険が伴う。韓国が最初に選んだFTA相手国はチリだった。貿易規模が小さいため予想外の展開が起こっても被害を最小化することができ、南半球に位置するチリとは農産物の収穫時期がお互い違うため農業部門の被害も少ないと判断したからだ。
それにもかかわらず、国内農業の崩壊を懸念する声が広がった。現在の日本と同じ状況だ。「チリからブドウを輸入すると国内のブドウ生産農家は皆殺しになる」という噂もあった。しかし、実際韓国のブドウ農家の被害はほとんどなかった。農業全体的にも被害は予想を下回る水準であった。
韓国の農業において最大の正念場だと思われた米韓FTAでは、発効後1年が経った2013年時点で、アメリカ産農産物の輸入総額はむしろ18.5%減少し、韓国からの農産物輸出は10.7%増加した。去年のアメリカ干害による一時的な効果も考慮しなければいけないが、価額競争力を持つようになった飲料や海苔などの品目の輸出好調があったのも事実だ。
そして、韓国農業の自救努力の成果も大きかった。韓国はFTA早期から高付加価値農業への転換を推進してきた。その成功事例の一つがパプリカだ。高付加価値であるパプリカ産業に力を入れた結果、韓国に初めて紹介されてから、わずか10年で輸出額1位の農産物に浮上した。
最近、中韓FTAの交渉が活発化している。発効されると大規模での農業の被害は火を見るより明らかだ。しかし、韓国は自由貿易という時代の流れを受け入れて徹底的に備える方向で準備している。これが今後どのような結果を生むのかは誰もしらない。 日本が参加しているTPPはあまり進んでいない状況だが、近い将来は必ず締結される。その時、聖域の一部が壊れるのは確実だ。日本は時代の流れにきちんと備えているのだろうか。韓国の経験から参考するところはないのだろうか。
【執筆者紹介】
梁充模(ヤン・チュンモ)
経済ジャーナリスト
1983年、韓国出身。
2011年、延世大学人文学部史学科(東洋史学専攻)卒業。 同年、韓経マガジン入社。雇用・ライフスタイルなどを担当した。
TV Work NET 「Job Today」 「就業&」など出演。 現在は経済ジャーナルリスト。韓経ビジネス、週刊東亜、政府刊行物などに寄稿中。
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