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.国際  投稿日:2014/4/15

[島津衛]<ウクライナ危機・7つの教訓>領土問題に関する国際社会の厳しい現実と軍事力の重要性[現役自衛官の国防・軍事ノート]


ペンネーム・島津 衛(防衛大学校卒、現役自衛官)

執筆記事

 

2014年3月18日、ロシアはクリミア・セヴァストポリを自国に編入した。クリミア自治共和国の住民投票や議会の編入要望決議などを受けての併合であり、民族自決の原則からしても正当だとロシアは主張している。

しかしこの主張は国際的なコンセンサスを得られていない。さらに、ウクライナ東部においてこの危機は継続しており、予断が許されない状況にある。

ロシアが国際社会の批判を予測しつつ敢えて併合したのは理解に苦しむところだ。クリミア半島は経済的にそれほど価値が高くなく、むしろ負担になるからだ。軍事的には良好な軍港があり、黒海を制する要地であるという価値があるが、今の時代に軍事的な価値だけで1994年のブダペスト覚書を破棄し、国際社会を敵に回すのは驚きだ。

この問題の背景には、ロシアの国内統治の強化と周辺国のロシア離れの防止という目的があるだろう。その要因となっているのは、クリミアの歴史と情緒に関わる部分だ。クリミア半島はクリミア戦争(1853〜1856年)の激戦で勝ち取った土地であり、かつロシアは、ソ連時代にフルシチョフがクリミアをウクライナに割譲したことを歴史の過ちと考えている。クリミアには多くのロシア人が居住し、またリゾート地としても訪れる言わば心のよりどころだ。そこを守ることで国内の治安を維持し、ロシアから離反しようとする国(ウクライナ)に対して強硬な態度をとるという姿勢を見せることが、周辺国のロシア離れを防止する方策であると考えられる。

このような背景があるため、一度火がつくと引けなくなるというのが現実であり、これが領土問題や民族問題の本質である。わが国を含めどの国にも言えることかもしれないが、今回の併合は力を背景に行われ、国際社会は有効な対応策をとれなかった。

今回のクリミア併合についての国際社会はどう対応したか。まず米国だが、強くロシアを非難したものの軍事的な介入は初めからオプションになかった。大国同士が対立した場合、軍事的な制裁は働きにくいということだ。

また、欧州をはじめとする各国の対応の足並みが揃わなかったのは、経済的なつながりが複雑だからである。冷戦構造が崩壊し、経済的関係が複雑化・深化した結果、明確な対立の軸が生まれにくくなっている。

中国は今回の危機を静観し、自国の今後の行動と重ね合わせてその影響を考慮し、状況を見定めているように見える。そして米ロは中国を味方に匹入れようと綱引きをしているようだ。

今回のクリミアにおける危機のポイントは次の7つだ。

【ポイント1】領土問題は一度火がつくと退けない

  • 領土問題は国民感情、資源・エネルギー、経済効果等が複雑に入り組んでおり、そこで「折れる」ということは国内におけるリーダーシップの低下を意味する。したがって、領土問題で後退することは極めて難しいため、今回のように動き出すと着地点を見出しにくい。政治が妥協しなくなると、当然軍隊は後退することができず、エスカレーションを余儀なくされる。政治が「下がる」という決断をしない限り、軍隊は最悪の事態を避けるため、先手先手を考えて、エスカレートしがちである。

【ポイント2】先に実効支配するのが勝ち

  • 今回、ロシアはクリミア半島の軍事施設をほぼ無血で制圧した。これは国民投票や独立宣言、併合の措置等のグレーゾーンの中で行われた。これについて、ロシアに対する批判的な雰囲気はあるが、原状に戻すためには軍事行為が必要であり、それは即ち戦争を意味する。そのため各国はそう簡単に動けない。こうなると、時とともに今の感情は風化し、実効支配という事実のみが残ることになる。いわゆる「戦争以外」の方法により実効支配することによって既成事実は着実に作られるということだ。

【ポイント3】ウクライナ軍弱体化が誘因

  • 今回の危機では、ウクライナ軍が全く機能していなかった。ロシアとNATOの狭間にあって1992年の創設当時強力であったウクライナ軍は、平和な状況の中でその整備を怠ってきた。言い換えると、ロシアが大幅に軍事費を伸ばして近代化改革を行う中、ウクライナは兵器を近隣諸国へ売却し、予算を十分に回さず徴兵制から志願制へと変更してきた。当然処遇も良くないため士気が低い。ロシアは当該国以外の動きが悪いと予測したと考えられ、ウクライナが軍事力を相対的に大きく低下させたことが、この「力による現状変更」を引き起こしたと言うことができる。因みに、わが国の隣国である中国・ロシアがこの15年で大きく軍事費を増加させているのに対し、わが国はほぼ横ばいかマイナスである。

【ポイント4】米国の対応は現状変更勢力にプラス

  • 今回、米国の対応が悪かったとは思わないが、明らかに米国は中国に接近した。そして米国はロシアの力による現状変更を止めることができなかった。これが何を意味するか。少なくとも中国・ロシアの存在感が増し、米国すら彼らの顔色を窺わなければならなくなったということだろう。よってもしこの2国と対峙することを考えると、自衛権か警察権かのグレーゾーンであればあるほど、米国の「即応」を望むことは難しい。中ロに対しては当面独力で対応する覚悟が必要だろう。事実、米国もいろいろな場において「同盟国への期待」を表明している。言い換えると、今回の危機は、力による現状変更を目論む国家にとっては行動のハードルを少し下げることになったということだ。

【ポイント5】対露強硬姿勢を取れば防衛力も変わる

  • ここ数年、日露は良好な関係を築いてきた。ところが、今回の危機対応において国際的な足並みを揃えるという観点から対ロ関係も難しい対応を求められている。近年南へ重点を移しつつあるわが国の防衛力は日ロの良好な関係を踏まえてのものであった。これに待ったをかけるのか否か、今後の日ロ関係は目が離せない。

【ポイント6】経済関係の複雑化が統一した対応を阻害

  • 今回、国際社会の足並みが揃わなかった原因は経済関係の複雑化である。各国の関係が深まり、国益が多様化すればするほど対応の統一のコンセンサスを得るのは難しい。言い換えると、現在の国際社会で国家間紛争に関する共通のコンセンサスを得ることは難しく、当該国による対応が事態を左右することが大きい。

【ポイント7】対立国の国民を抱えると相手に口実を与える可能性

  • クリミア以外において、ウクライナ在住ロシア人が現地で圧力を受けているという話がある。また、現在親ロシア勢力が政府施設を占拠しているという話もある。これが流血の事態になった場合、自国民保護の名目でロシア軍が介入する可能性がある。これが日本で起きた場合どうなるだろうか。ちなみに法務省によると、2013年現在で在日中国人は65万人、在日朝鮮・韓国人は53万人と言われている。これは正規の数なので、実際にはそれ以上存在する可能性もある。

以上のことを考えると、今回の危機が直接的・間接的にわが国の安全保障に及ぼした影響は極めて大きい。今回の危機は、領土問題に関する国際社会の厳しい現実と軍事力の重要性をまざまざと見せつけた。

現時点でわが国に大きな影響があるとは思わないが、各国の軍事力、経済力の現状と傾向を鑑みると、わが国は安全保障上の重要な時期のただなかにある。したがって、今後15年をわが国がいかに過ごすかが重要だ。そのポイントは、ある程度独力で対応できるよう、軍事力のみならず、政治・経済・情報など総合力をしっかりと整備していくことである。

 

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