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.経済  投稿日:2021/10/16

定年制廃止で変わる資産形成


野尻哲史(合同会社フィンウェル研究所代表)

「新・資産活用論」

【まとめ】

・70歳定年、退職後の生活費は、年金収入+勤労収入+資産収入で考える。

・再雇用の際第一に考えるべきは「いかに長い期間、勤労収入を受け取れるか」。

・定年制の廃止は、資産活用や新しい資産の取り崩し方を求めている。

 

 70歳定年

最近「70歳定年」という言葉をよく聞きます。2013年の「高年齢者雇用安定法」では、①定年制廃止、②65歳までの定年延長、③定年後65歳までの継続雇用、のいずれかを採用するように「義務付け」ていますが、その法律が改正され2021年4月からは、65歳以上の高齢者にも70歳まで仕事の継続に配慮することが「努力義務」とされました。これが70歳定年といわれる背景です。

 「退職後」の意味が重要

そこで70歳定年と資産活用のつながりを、個人の目線と社会の目線の2つで考えてみたいと思います。

まずは個人の目線です。自分のこととして70歳定年を見る場合には、60歳定年の場合と同様に

退職後の生活費 = 年金収入 + 勤労収入 + 資産収入

の考え方を念頭に置くべきでしょう。これは退職後の生活は、3つの収入で賄われることを示しています。

70歳定年であれば、70歳以降に退職後の生活を迎えると思いがちですが、お金の面から考える場合には、「退職後」の定義が重要になります。勤労収入で生活費をカバーでき、残りを退職後の生活のために資産形成に回せるのが現役時代。勤労収入が少なくなってまたは無くなって不足する生活費をその資産でカバーするのが退職後の時代です。

厚労省令和2年「高年齢者の雇用状況」によると、65歳までの雇用が義務化されているなか76.4%の企業が、前述の③「継続雇用」で対応しています。60歳で一度定年を迎え、その後5年間を継続雇用するという方式です。60歳で退職金を受け取り、その後は大幅な収入減を余儀なくされるというのが実情ですから、実際には60歳から「退職後」となる人も多いのではないでしょうか。

長く働くための準備が必須、それが資産の取り崩す圧力を弱める

とすれば、50代の現役層にとっては、65歳までの継続雇用や70歳までの雇用の確保にあまり過度に期待せず、退職後の「勤労収入」を長く受け取れる環境が整いつつあると考える程度にとどめるべきでしょう。

そこで再雇用の際に、第一に考えるべきは、いかに長い期間にわたって勤労収入を受け取れるかだと思います。継続雇用に変わるときには年収が高い方がいいと思いがちですが、もしそれが短期間で終わってしまうのであれば、正しい選択だったか疑問が残ります。

年間500万円の勤労収入を5年間受け取るよりも、300万円を10年間受け取る方が、総額が大きくなるだけでなく税金や社会保険料などを考慮すると有利に働きます。

その分、資産からの取り崩しも少なくて済みます。それに無理をしないで働くことの良さも大いにあります。単純に継続雇用を受け入れるのではなく、どうやって長く働けるか、そのために自身のスキルアップや働き方を工夫する方法を考えることが大切です。

定年後も一定程度の勤労収入を長く得られることは、先の計算式から見ても、資産収入への負担が軽減されることがわかります。特に年金の受給ができるまでの間は、勤労収入は大きな力になります。その勤労収入を長く受け取ることができれば、70歳や75歳まで年金収入を繰り下げ受給し、年金受取額を増やすことができます。70歳以降の生活でも資産収入への依存度を下げる効果があります。

▲写真 朝の出勤風景 イメージ 出典:Photo by Iain Masterton/Construction Photography/Avalon/Getty Images

 安心して退職できることが企業の人事政策になる

社会の目線で見ても、高齢者に働き続けてほしいというニーズは高まる一方です。日本の労働人口(15歳から64歳の人口)は、2015年7728万人から2065年には4529万人へと、今後50年間で3000万人以上減少すると推計されています。そのため70歳定年、定年制廃止といった動きがあるのですが、一方で企業の側からは、すべての人を70歳まで雇用するわけにもいきません。

年齢で雇用条件が自動的に変わるような仕組みは、時代の要請に合っていません。2010年の平等法(Equality Act 2010)で、年齢による退職勧告制度を年齢差別として撤廃した英国でも、会社に“しがみつく”高齢社員の増加を懸念する声がありました。

そこで退職後の生活にある程度の安心感が得られるように資産形成を積極的に進めることが、企業の重要な責務になってきたとの指摘もありました。「定年制の廃止で福利厚生施策が人事政策へと変わった」といった指摘もあったほどです。

そうなるとこれまで以上に、現役時代の資産形成が重視されるようになるでしょう。定年制の廃止が、現役時代の資産形成への追い風になるというわけです。

有価証券をもって退職を迎える人が増加、資産活用がより重要に

資産形成を確定拠出年金などの資産運用手段を使って作り上げる機運が高まれば、退職後の資産活用の考え方が一段と重要になってきます。

現金・預金だけをもって退職を迎える時代は、資産の取り崩しは「使いすぎないため」に定額で引き出すことが主流でした。しかし価格の変動する有価証券で資産を築いてくると、引き出す方法は定額だとリスクが伴います。いわゆる「収益率配列のリスク」と呼ばれるもので、思った以上に資産元本が毀損する懸念が出てきます。定年制の廃止機運は、巡りめぐって資産活用、すなわち新しい資産の取り崩し方を求めているようです。

トップ写真:イメージ 出典:pasja1000 /Pixabay




この記事を書いた人
野尻哲史合同会社フィンウェル研究所代表

国内外証券会社、大手外資系運用会社を経て、2019年5月に現職。資産の取り崩し、地方都市移住、雇用継続などの退職後の生活に関して提言。行動経済学会、日本FP学会などの会員などの他、2018年9月から金融審議会市場ワーキング・グループ委員。著書に『IFAとは何者か』(一般社団法人金融財政事情研究会)、『老後の資産形成をゼッタイ始める!と思える本』(扶桑社)、『定年後のお金』(講談社+α新書)、『脱老後難民「英国流」資産形成アイデアに学ぶ』(日本経済新聞出版社)など多数。

野尻哲史

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