アルカーイダ系組織「ISIS」がイラク第二の都市モスルを占領[外交・安保カレンダー(2014年6月16-22日)]
宮家邦彦(立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表)
先週の原稿を書き終えた翌日の6月10日、予想もしないビッグニュースが飛び込んできた。
アルカーイダ系といわれるISISがイラク第二の都市モスルを占領したという。今年最初1月6日のコラムでは「ISILがファルージャを再占領した」話を書いたが、あれから半年、彼らはその勢力範囲を北部にまで拡大したということか。
ISISとは「イラクとシャームのイスラム国」を意味するアラビア語の英語訳頭文字を並べたもの、「シャーム」の代わりに「レヴァント」を使いISILと略するケースもあるが、両者は同一の組織だ。厳密にはアラビア語のシャームとフランス語のレヴァントとでは範囲が異なるので、今回からはISIS(米語ではアイシスと発音)を使うことにする。
モスル陥落は欧米では大事件だが、日本ではワールドカップ第一戦敗北もあり、ほとんど注目されなかった。でも筆者は「中東屋」としての血が騒ぐ。これは、米国の対イラク政策だけでなく、20世紀初頭に西洋列強が引いた国境線そのものが消滅しかねない大問題だと確信する。日本でこんな戯言を聞いてくれる人は少ないのだが・・。
今ワシントンでは、ISISがバグダッドを占領した際、少なくとも数千人いる米国人を如何に安全に避難させるかという最悪のシナリオがまことしやかに語られている。あの巨大な米国大使館がISISの手に落ちるということは、グリーンゾーンも消滅するということ。これまでの手口から見て、ISISは必ず容疑者を皆殺しにするだろう。
何と野蛮な、という人がいるかもしれないが、イラクでは当然のこと。一部のイラク人は「皆殺しにされる」という恐怖感こそが民衆を支配する究極の手段であることを熟知している。昔はサッダーム一家だけだったが、今はISISがそれに代わっただけのこと。このメソポタミアの伝統的な政治的意思決定手段を過小評価すべきではない。
今週の焦点は恐らく米軍の空爆ではないだろう。オバマにISISを空爆するだけの度胸はあるだろうか。真の焦点はISISがバグダッドを包囲できるのか、グリーンゾーンに入って来るか、イラン部隊はISISと本気で戦う気があるのか、だ。勿論日本大使館を含む邦人の安全も気になる。最悪の事態はいつ起きてもおかしくないのだから。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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