[瀬尾温知]<2014FIFAワールドカップ>試合の結果を知らずに録画で観ることは可能か

ミステリー小説の佳境に入っていた。本を開き、挟んであった枝折を手にすると、「犯人は誰々」と、先に読破した弟の字で書かれていた・・・。続編では、弟の悪戯に引っかからないよう細心の注意を払い、小説がクライマックスに差しかかったときにはトイレに籠った。便座に腰かけたが、わざとらしく垂れ下がったトイレットペーパーが視界の隅に入り、目を凝らすと「犯人は○○」と、数メートルにわたって謎を解いてしまう犯人の名前が羅列していた・・・。
2大会連続3位のドイツと、クリスチアーノロナウドを擁するポルトガルが対戦した1次リーグ屈指の好カードは、ドイツが4対0で圧勝した。ポルトガルの守りの中心であるペペが、ドイツのFWミュラーへの頭突きで一発退場になり、前半の内に1人少ない状況になったことも影響したが、ドイツの力強さが目立った試合だった。
初戦であっても平常心で普段通りのプレーをする精神力の凄みが、相手のリズムを崩し、完勝する要因となった。現に頭突きを受けたミュラーが何事もなかったかのように3得点するハットトリックの活躍。前回大会で5得点をあげ、ウルグアイのフォルランらと並んで得点王に輝いた24歳のストライカーから今大会も目が離せなくなった。
この試合は、NHK総合で夜中1時からの生中継だった。観たくとも、寝不足での仕事を考慮すれば3時まで夜更かしするのを躊躇い、結果を見届ける前に録画をセットして眠りについた人も多かっただろう。そのあと明け方7時からのガーナ対アメリカの試合は、他局の民放が中継した。
その放送の中でアナウンサーがドイツとポルトガルの試合結果を伝えていた。結果を知らないまま、あとで観ようと計画していた人はがっかりしたことだろう。「ドイツとポルトガルの試合を録画したんだけど、朝のニュースを見ちゃうと、ハイライトでやってるんだよな」。試合が行われたその日の山手線で、営業先に向かう途中か、会社員が同僚に話しかけていた。
20年くらい前の話になるが、私も同じような目にあった。どうしても結果を知らずに観たい試合だった。日本代表の試合か、ヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグか、とにかく重要な一戦だった。出先から帰宅する間はヘッドホーンで音楽を聴き、目は雑誌か本に落としていた。結果を知っている友人や家族にも何のコメントもさせなかった。勝った負けたを口にしなくとも、見当がついてしまうからだ。楽しむためには徹底するのだ。
改札を出て、家路に向かいながらヘッドホーンを外したときだった。自転車をこぐ少年達が私のそばを通り過ぎながら交わす言葉で、結果が耳に入ってしまったのは。
この失敗談は別として、当時は携帯もインターネットもなかったので、楽しみを確保することは可能だった。しかし、現代社会ではどうだろうか。テレビ、パソコン、スマホは、意識して見なければ済むが、街中には電光掲示板や電車内に設置してある液晶ディスプレイで随時ニュースが流れている。飛行機移動でも、「日本代表が勝ちました」などと機長が余計な世話をやいて速報を入れてくる。
ここなら安心という場はもはやない。そんな情報過多の時代であっても、氾濫する情報から目も耳も塞ぎ、周囲の口も閉ざし、スポーツ番組を録画で楽しもうとする人が、未だに存在することを切望する。
テレビ画面にポストイットを貼って結果を知らせるような悪戯には要注意。帰宅して真っ先にトイレへ向かうのもご用心。でも、トイレットペーパーに「日本 コロンビアを破り奇跡の決勝トーナメント進出」なんて文言ならよしとするか。日本代表は日本時間の25日、1次リーグ第3戦でコロンビアと対戦する。
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【執筆者紹介】
1972年東京生まれ。スポーツライター。
テレビ局で各種スポーツ原稿を書いている。著書に「ブラジ流」。
日本代表が強化するには、ジェイチーニョ(臨機応変な解決策)を身につけ、国民ひとりひとりがラテン気質になること。情熱的に感情のままに。