[宮家邦彦]<イラク政府の求心力低下>過激派組織ISISの現象がイラク・中東・世界の情勢において何を意味するか[外交・安保カレンダー(2014年6月23-29日)]
宮家邦彦(立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表)
先週後半あたりから、ようやく日本のマスコミでも現下のイラク情勢に関心が集まるようになった。この数日間は中東情勢について各方面から照会や質問を受けている。中東屋の端くれとしては「実に有難い」のだが、日本との関係で質問されるのは「ガソリン価格」の行方ばかり。当然なのだろうが、やはりショックだ。
今も某テレビ局から自宅に戻り、この原稿を書いている。日本の一般視聴者に現在イラクで起きている政治軍事現象を判り易く説明するのは意外に難しい。事実関係の詳細よりも、このスンニ派過激組織ISISという現象がイラクの、中東の、そして世界の情勢にとって何を意味するかを正確に理解する必要があると痛感した。
イラク国内では、皮肉にも、ISIS現象は民主化し弱体化したイラク中央政府の求心力低下の結果だ。また、肥沃な三日月地帯という視点で見れば、百年前に英仏がこの地域を分割したツケが回ってきたということか。グローバルには、米国が中東で戦った十年間にアジアと欧州で中露による「力による現状変更」が顕在化したということ。
当然ながら中東のプレーヤーは、「中東における米国のプレゼンスは低下し、新たな地殻変動の連鎖反応が始まった」と本能的に感じ、米国の足元を見始めている。百年前のオスマントルコ帝国崩壊は今もその余震が続いていると見るべきだ。新たな均衡点に達するまで今後も地殻変動は続くだろう。ISISはその第一幕に過ぎない。
中東はこのくらいにして、筆者が今週注目するのはプーチンのオーストリア訪問だ。歴史的に見ると、ロシアとオーストリアは戦略的な親和性を持っている。両国にとって共通の敵はフランスやトルコであり、ハプスブルグ家とロマノフ家の時代から共通の利益は少なくないのだ。そのオーストリアにプーチンは何をしに行くのか。あのプーチンが無意味な親善訪問などする筈がない。
筆者は、ウクライナ情勢が燻り続ける中で、ロシアは欧州の分断を図っていると見る。欧州は決して一枚岩ではない。ロシアに近ければ近いほど親米になるのは冷戦後の特徴だが、同時に、ロシアから離れれば離れるほど親露となる傾向もある。これからもプーチンの欧州中小国に対する外交からは目が離せない。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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