[古森義久]<変わり始めた日本の選挙>「外交を論じても票にならない」は、すでに神話?
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
「外交は票にならない」というのは、さんざん聞かされてきた日本の国政選挙の特徴の一つだった。
たとえ衆議院や参議院の選挙でも、有権者たちは日本の外交政策や国際関係にはそれほど関心を示さず、もっぱら地元の直接の利害や開発だけをみて、どの候補に票を投じるかを決める。だから候補者は外交を説いてみても、有権者には響かない。そんな意味あいの特徴づけだろう。
だが実際に国政選挙にかかわる当事者たちから「いや、外交は票につながる」という指摘を聞いた。日本の国政選挙にも質的な変化が起きているような報告だった。この話を聞いたのは先日、7月20日に訪れた衆議院議員選挙の滋賀県第4区で、だった。
先日、同選挙区選出の武藤貴也議員(自民党)の勉強会での講演を依頼されて、出かけた際に、こちらが逆に取材をもしたのだった。武藤議員は衆議院の外務、安全保障の両委員会に加わり、外交や安保に関する案件を国会で取り上げることが多い。だからその種の対外関係にかかわるテーマの提起は選挙区ではどのような反応を生むのか、質問してみたのだった。
武藤議員の以下の答えはかなり意外だった。
「選挙キャンペーンで外交を論じても票にならないというのは、私の選挙区に関する限り、実態とまったく異なる。有権者たちはTPP(環太平洋経済協定)や尖閣諸島問題には非常に強い関心を持っており、各候補者がそれぞれについてどんな意見を述べるかを強く知りたいという態度をみせる。靖国参拝など歴史問題や対中関係、そして集団的自衛権行使容認の論議にも有権者から具体的な質問や言及がある」
TPPについては、この滋賀県第4区は農業地帯も多く、近江牛の産地でもあることから、 そうした生産活動にかかわる有権者たちが強い関心を抱くのは自然だろう。だが尖閣、靖国、集団的自衛権までにも注意を向ける有権者が少なくない、というのは驚きだった。
それはなぜなのか。武藤議員は次のように説明した。
「この地域には一部に農業地帯があるにせよ、京都や大阪のベッドタウンとしての新しい居住者も多く、地域共同体の意識が少ない。だから地元の道路や橋の整備というようなテーマには関心がほとんど集まらない。その一方、テレビ報道の普及で日本とアメリカや中国との関係とか、中国の海洋進出といった国際的な課題が詳しく、かつ頻繁に伝えられ、多くの有権者の知識と意識を高めているのだと思う」
この指摘が国政選挙の草の根次元での実態どおりならば、好ましい現象だろう。一選挙区でのこうした報告から全体を断定できないことはもちろんだが、ふだん日本の選挙の最前線に接することが少ない私にとっては新鮮な見聞だった。
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