[宮家邦彦]<エスニック・クレンジング(民族浄化)か?>オバマ政権がイラク北部の「イスラム国(IS)」に空爆[外交・安保カレンダー(2014年8月11-17日)]
宮家邦彦(立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表)
あれだけ中東での軍事介入を頑なに拒んできたオバマ政権が、今回はあっけなくというか、限定的だからなのか、遂にイラク北部の「イスラム国(IS、旧ISIS)に対する空爆に踏み切った。
これが出来るのだったら、なぜ今までやらなかったのか。理由はよく分からないが、恐らく今回はISがエルビルに向かおうとしたからではないか。
イラク北部シリア国境付近に住んでいたYazidi教徒はISの攻撃を逃れ山岳地帯に身を潜めた。幼い子供たちが灼熱地獄の中で脱水症状などを起こし次々と亡くなっている。キリスト教徒もクルド自治区に着の身着のまま逃げてきた。しかし、同様のことはシリアでも起きている。やはり、今回の空爆の目的はクルド自治政府の防衛だろう。
いずれにせよ、これらは事実上エスニック・クレンジングだ。何故こうした事態を予測できなかったのだろう。ISISも当初はバグダッドを目指していたが、イラク中央政府の抵抗で方針を変更したのかもしれない。そうだとすれば、彼らの戦術的柔軟性、機動性は大したものだ。少なくとも、並みのサラフィスト(注1)ではない。
米国の一部には2007年の「大攻勢」の再現を期待する声もあるが、ペトレイアス将軍が指揮したあの作戦と現在では状況があまりにも異なる。今はマリキ首相に求心力がなく、米地上軍も存在せず、スンニ系部族の協力も得られない。クルドはいつ独立宣言しても不思議はない。過去7年の間にイラク内政は液状化してしまったのだ。
ISの連中は、行政面でも、宣伝面でも、アル・カーイダよりはるかにワルだと思う。彼らを殲滅するには、オバマ大統領の言う通り、数週間単位の時間では足りないかもしれない。恐らく数ヶ月、場合によっては数年かかるだろう。
それでは、これから数年間、米国はこんな「ままごと」を続けるのか。これで持続的効果は本当に期待できるのか。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
(注1)サラフィスト
サラフィー主義者の意味で、イスラム過激派の一派。イスラーム国家樹立を目指しており、2006年にアル・カーイダと統合。
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