[田村秀男]<アベノミクスの原点に返れ>日本の税金が中国の覇権拡張に使われる現実を直視しない首相の「積極的平和主義」
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)|執筆記事|プロフィール
4月からの消費税率引き上げ後、消費は急激に落ち込んだ。増税により一挙に物価が上がって家計の実質収入が前年を大きく下回るために、7月以降の消費の回復は望めず、景気はこのままL字型で停滞局面に入る公算が強い。
にもかかわらず、安倍晋三政権要人の多くは「国内需要は堅調に推移している」(黒田東彦日銀総裁)などの楽観論を信じ切っている。景気の悪化やデフレ圧力の再燃はアベノミクスの死を告げる。アベノミクスが失敗に終われば、日本再生の道は閉ざされる。首相はアベノミクスの原点に早急に立ち返るべきだ。
「原点」とは何か。
「強い日本を取り戻す」(ことし1月の首相年頭所感)で代表されるには違いないが、「強い日本」とは相手があってこそ具体化される。相手とは中国である。アベノミクスが頓挫することは、20年デフレが30年デフレに、衰弱が高進して再起不能になることであり、安全保障・外交の国際社会で日本は中国に対する弱小国として扱われるだろう。
中国は不動産バブルの崩壊や共産党内の権力闘争激化で自滅する、とか、南シナ海などの露骨な覇権主義で中国は国際的に孤立する、という見方は日本特有の希望的観測ではないかと自問したほうがよい。
考えてもみよ。バブル崩壊というのは自由市場経済で起きる現象である。不動産価格が急落を続ける結果、金融機関の不良債権が膨れ上がって信用不安が起り、国際金融市場から締め出される。 金融機関は相次いで経営破綻し、金融の流れが急激に萎縮して国内経済が大不況に陥る、というのがバブル崩壊である。
中国の場合、共産党の支配下にある中国人民銀行が4兆ドルもの外貨資産を担保に人民元資金を発行し、金融機関に資金を流す。あるいは、緊急事態には党指令で、問題金融機関にドルを資本注入できる。不良債務は地方政府、あるいは国有企業、不良債権は国有商業銀行に堆積する構造だが、この実態は法制度に基づく透明度の高い会計制度があって初めて国際的に公開される。
そんな透明性は中国にはなく、法律ではなく、ただ党指令だけがモノを言う。日本のバブル崩壊期の「飛ばし」が国家的規模で行われる可能性が高いし、それを暴く機関は中国の政府、民間調査機関、メディアのどこにも存在しない。飛ばされた巨額の不良債権は明るみに出ないまま、もみ消される。
習近平党総書記・国家主席による「ハエもトラもたたきつぶす」という党官僚・幹部の汚職摘発は権力闘争に違いないが、習近平総書記は「大衆の支持」獲得という形で、党内基盤を強化しているとも解釈できるのだ。
不動産バブル崩壊など経済成長路線の行き詰まりを踏まえて、積極的な対外貿易・投資拡大路線を展開している。中国企業による対外投資の急増など、対外攻勢は目覚ましい。中国は日米欧などからの直接投資受入国との印象が強いが、リーマン・ショック後から対外投資に本腰を入れ、2011年には投資額で日本と肩を並べた。 中国の対外投資の重点先はアジアである。
中国の対外投資はアジア中心であり、2012年にはアジア向け投資を全投資額の6割以上、600億ドル以上振り向けた。中でも、中国はメコン川流域5カ国(タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)への投資を急増させている。特に、カンボジア、ラオス、ミャンマー向けは日本企業の投資をはるかに凌駕している。
この中国投資を支えているのが日本政府の円借款である。メコン川流域5カ国への支援はインフラ整備を中心とする12年度の円借供与額は4000億円(約40億ドル)を超えたのに対し、中国は直接投資を約32億ドル増やした。日本の税金は中国の覇権拡張に使われるのだ。それを直視せず首相が頻繁に各国を訪問して「積極的平和主義」とは笑わせる。
2013年、中国の対外貿易での人民元による決済額は日本のそれの円による決済額を初めて上回った。人民元7080億ドルで前年比57%増、円は16%減である。日中とも自国通貨建て貿易は東アジアが主なのだが、円は人民元によって駆逐されつつある。国内はデフレ圧力再発、海外は中国の勢力拡張になすすべもないなら、アベノミクスに何の意味があるのだろうか。
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【プロフィール】
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員
日経新聞ワシントン特派員、香港支局長、編集委員などを経て2006年12月に産経新聞社に移籍。早稲田大学政経大学院非常勤講師、早稲田大学オープンカレッジ講師を兼ねる。著書は「人民元、ドル、円」(岩波新書)、「国際政治経済学入門」(扶桑社)(PHP研究所)「反逆の日本経済学」(マガジンランド)「日経新聞の真実」(光文社新書)「アベノミクスを殺す消費増税」(飛鳥新社)「消費増税の黒いシナリオ」(幻冬舎ルネッサンス新書)など多数。