[瀬尾温知] 【定石を打破した大胆な采配】~17年ぶりにリーグ優勝決定シリーズに駒を進めたオリオールズ~
瀬尾温知(スポーツライター)
「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)
定石とは、囲碁で長年にわたって研究されてきて、最善とみなされる一定の石の打ち方である。将棋だと、最善とされる一定の指し方になる。この意味が元となり、物事を行う際に最善とされる方法にも用いられるようになった。洋風な趣を混ぜると、スタンダードな戦術、とでもなろうか。セオリーとも言えなくもないが、要は、先人達が研究を重ねた結果、こういった局面ではこうするべきだと導き出した一つの解答である。
その定石を度外視した戦術をとり、勝利に導いた知将がいた。17年ぶりにリーグ優勝決定シリーズに進出したオリオールズの監督、バック・ショーウォルターである。
局面はこうだった。メジャーリーグ、ア・リーグ地区シリーズのオリオールズ対タイガースの第3戦で、オリオールズが2対0とリードの9回裏、抑えの左腕ブリットンが連続二塁打を打たれ、1点を失って1点差に迫られた。次打者は三振で1死二塁。
ここでショーウォルター監督はタイムをかけ、マウンドに歩み寄った。そして内野手を集めて策を命じた。打者は7番カステヤノス。今季からレギュラーになった2年目の右打者で、打率は2割6分に届かず、打点は66。地区シリーズでも、ここまで10打数1安打と当たってない。
その打者を、なんと敬遠で歩かせたのだ。ショーウォルター監督は、逆転の走者を献上するという型破りな策略を用いて、空いている一塁を埋め、次の打者との勝負を選択した。
1点リードの9回裏、1死二塁の場面での定石は、よほどの強打者でなければ打者と勝負だろう。一発出れば逆転サヨナラ負けなので、その警戒は欠かせないが、カステヤノスは今季11本塁打しか打っていない。でも、11本は打っている、とショーウォルター監督は考えたのだろう。
敬遠したことで1死一二塁となり、タイガースは右の代打ペレスを送った。左腕ブリットンはこの打者を低めのスライダーで引っかけさせ、注文通りに三ゴロ併殺に打ち取って試合終了。定石を打破した大胆な采配が、ものの見事にはまった瞬間だった。しかも、ゴロをさばいた三塁手は、守備位置を少し前に構えていたため、その分で際どいタイミングだった一塁もアウトに出来た。
逆転の走者を敬遠で出した場面について、ダン・デュケット球団副社長は「勇気のいる采配だったが、監督は試合に勝つための選択だったことを現に示した」と話した。そしてショーウォルター監督は「誰も以前やらなかったということが、それをしてはいけないという意味ではない」と、規律が厳しいことで知られる監督は自身の哲学を述べた。
メジャーでのプレー経験はないまま現役を引退したショーウォルターは、マイナーリーグでの指導者としての実績を評価され、ヤンキースの監督として1992年シーズンから指揮を執る。ダイヤモンドバックス、レンジャーズ、そしてオリオールズと、今季16年目の経験豊富な58歳だが、自身4回目のポストシーズンで初めて次のステージへ勝ち進んだ。青木が所属するロイヤルズとのリーグ優勝決定シリーズは現地10日から行われる。日本人選手の活躍に期待しながらも、ショーウォルター采配にも注視したい。
定石は、一つの指針ではあるが、絶対な存在ではない。各分野において定石とされてきたものを、もう一度見つめ直してみるのもいいだろう。案外、時代にそぐわない定石もあるかもしれない。定石とは不変な物ではないのだから。
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