[加藤鉱]【我々は中国人ではない、香港人だ】~中国化に反発する“香港アイデンティティ”~
加藤鉱(ノンフィクション作家)「加藤鉱のチャイナプライム」
香港で「虚構の民主選挙」に抗議するデモがはじまり、はや1ヵ月が経過した。
一時は香港の反社会勢力・黒社会のデモ隊への暴力行為を警察当局が傍観を決め込んだり、大陸から反デモ要員が招集されたことで香港中が不穏な空気に晒された時期もあったが、幸い大事には至らなかった。
学生団体と香港特別行政区政府との対話は平行線をたどり、膠着状態は変わっていない。取材して興味深かったのは、日本のメディアが大きく取り上げたアグネス・チャンと金美齢氏のバトルを香港メディアが無視を決め込んだことだった。現場にいない人間の発言など何の価値もないとする強烈なメッセージだ。
香港のマリー・アントワネットといわれる梁振英行政長官の娘のフェイスブック上での傲慢発言にしても、現地ではひんしゅくをかってはいたものの、嘘や虚言、はったりの報道に慣れている香港ではそれほど真剣な論議の対象となっていない。
一部米欧メディアでは、今回の香港の抗議デモについて、デモ資金の出所はアメリカ国務省と全米民主主義基金(NED)と示し、これは香港自治をめぐる中国とアメリカの代理戦争であるとまで伝えているが、まったく本質を見誤っているとしか思えない。香港人の心理、香港アイデンティティの高まりを汲み取らない報道は本当に残念である。
どういう結末が待ち受けているのか予断を許さないが、11月10日からのAPEC首脳会議前にはなんらかの形で収束をみるのだろうというのが現地の楽観論である。
なるほど現地には、学生のデモに理解を示す一方で、いままでどおりの暮らしやビジネスがしたいという声が高まっている。痛みを伴う改革は誰しも嫌なのは、日本も香港も同じということか。
デモ隊に対して、「もうそろそろ道路封鎖を解いて、どこかの公園で市民生活に影響のないところで活動してくれないか」といった心情を抱いているようだし、ビジネスでの売り上げ減少が続くことで怒り心頭に発する人たちが多いのも事実だろう。ただその人たちにも家族や子供がいる。身内でこの運動に積極的に関与している人がいるのは香港人ほぼ全員であろう。
ここでわれわれが慮らなければならないのは、その人たちにとって、自分のビジネスや生活の保持も大事だが、香港の中国化を防ぎたい思いはさらに強いということだ。長年香港に住む日本人ビジネスマンの言葉が胸にひびく。「大陸からやってくる中国人の香港での振る舞いは、返還以来ずっと香港人を苛立たせてきた。この数年はことさらだ。大陸の中国人は金払いのよいお客さんではあるとはいえ、そのせいで不動産価格は異様に高騰したし、日常生活においてもオムツやミルクも買いにくくなった。こうした理不尽さは香港人以外にはわからない。われわれは中国人ではない、香港人なのだという香港アイデンティの高まりを中国政府は見誤ったのだ。
大陸人が香港に押し寄せることで、ただでさえ混雑している香港が一段と混雑するようになった。これでは大陸の都市と変わらないではないか。香港が中国の大都市のひとつに変容、埋没するのをなんとしても避けたいのが香港人の偽らざる気持ちだろう。
もうデモはいい加減にしろと言えるのは、本当に香港に骨を埋める気持ちのない人間なのかもしれない。
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