[清谷信一]【円安デメリット警告しなかったマスメディアの罪】その2~日銀の“コストさえ上がれば景気が良くなる”という主張は妄想~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
コスト・プッシュ型のインフレでは当然消費者の可処分所得も減る。これまで100円のものが120円になれば手持ちの100円の価値は80円に減じてしまう。安倍首相はインフレになれば消費が伸びると主張するが、あなたは給料の手取りが実質30万円として、それが実質20万円に減ったら、景気良く消費を増やすだろうか。ちょっと考えてみれば分かることだ。
日銀の黒田総裁は10月31日の記者会見で、「このところ原油価格が大幅に下落しています。こうした需要面の弱めの動きや原油価格の下落は、物価の下押し要因として作用しています。消費者物価の前年比は、9月には+1.0%まで伸び率を縮小しました。もとより、消費税引き上げに伴う需要面の弱さは既に和らぎ始めていますし、原油価格の下落は、やや長い目で見れば、日本経済に好影響を与え、物価を押し上げる方向に作用すると考えられます。
ただ、短期的とはいえ、現在の物価下押し圧力が残存する場合、これまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクもあると考えられます。日本銀行としては、こうしたリスクの顕在化を未然に防ぎ、好転している期待形成のモメンタムを維持するために、ここで『量的・質的金融緩和』を拡大することが適当と判断いたしました。」
「実際の物価上昇率の伸び悩みが続けば、それがどのような理由によるものであれ、予想物価上昇率の好転のモメンタムが弱まる可能性があります。そうなれば、せっかくここまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅れてしまうリスクがあります。その意味では、我が国経済は、デフレ脱却に向けたプロセスにおいて、今まさに正念場、critical momentにあると言えます。今回、追加緩和を決定したのは、こうした考え方に基づくものです。」(注1)と述べている。コストさえ上がれば景気が良くなると主張しているのだ。
以前から筆者は、インフレにしたいのであれば簡単だ、海上自衛隊の護衛艦が釜山や上海あたりに1発艦砲射撃を行えばいい、と主張している。あっという間に円は売られ極端な円安になる。しかも海上輸送が途絶する可能性が増えて、物不足になり、一挙にインフレになるだろう。だがそれで景気が良くなるわけでもあるまい。
だが黒田総裁の主張しているのはこれと同じロジックだ。かつて第一次オイルショック時代後、狂乱物価という言葉が流行るほどのインフレになった。25円だったアンパンがあっという間に100円になり、100円だったラーメンがあっという間に300円になった。それで景気が良くなっただろうか。アベノミスクが正しいならば、あの時代は空前の好景気になっていたはずだ。あるいは第一次世界大戦後のドイツも同様である。
また消費税の8パーセントから10パーセントの値上げを再考するのもおかしな話だ。コストが高くなってインフレになれば景気がよくなるならば、それが円安による値上げでも税金によるものでも消費者にとっては同じだ。消費税を上げれば上げるほど景気がよくなるはずであり、何も消費税値上げを悩む必要はないはずだ。地方の消費は都市部よりも円安の影響を受けるだろう。地方では自動車による移動が多く、ガソリン代の高騰によって消費が圧迫されている。これから冬になれば灯油の高騰で、この傾向は更に悪化するだろう。
今後輸入コストが転嫁できなかった、あるいはそれをカバーするほどの売上を挙げられなかった中小輸入業者や、海外で生産して日本向けに製品を送っているメーカーの倒産は増えるだろう。9月にも円安による倒産が増えたという報道があったが、実際には更に大きな損害が出ている。倒産ではなく、事業整理は更に多いだろうが、これが報道されることはない。本来マスメディアは事業精算も含めて調査すべきだが、そのような足を使った調査は行わない。
また政府の統計も問題だ。当局は数の上では圧倒的に多い、10名以下、5名以下の零細企業の統計をほとんど取っていない。だからマスメディアは「無いもの」としてしか報道しない。だがこういうところこそ丹念に取材し、アンケートを取るなりして現実を把握した上で報道を行うべきだ。お上の統計と発表だけに頼る記者クラブ体質の「アナウンスメント・ジャーナリズム」では現実は見えてこない。
デフレの要因は外的には賃金の安い途上国での工業生産が増えたことだ。今やレザーブーツが1万円を切る値段で10代の女の子でも買えるようになって必需品と化しているが、バブルの頃であれば安くても数万はしており、おいそれとは買えない「贅沢品」だった。またカメラや自動車でも先進国向けの商品は途上国で生産することは不可能だった。
軍事の世界でいえば、かつてはタイやインドネシアのような途上国では装甲車などはほとんど作れなかったが、現在ではこれらの国々でも装甲車が安価に作られている。特に軽工業では日本の人件費では太刀打ちできない。仮に1ドルが200円になってもユニクロが国内で生産した商品を調達することはないだろう。我々日本人は、より高付加価値、ハイエンドの製品やサービスを売るしか外貨を稼ぐ手がない。多少の円安では海外に移転した製造拠点は国内に戻らない。
国内では、企業が問題にしているのは、安倍首相が蛇蝎のごとく嫌っているという藻谷浩介氏が指摘するように、勤労人口が減ることにより需要が減っていることだ。端的に人口が1億3千万人から1億2千万人に減れば、一人あたりのGDPが同じならば、GDPが減るのは道理である。我が国は人口減少が続いているが、今世紀に入ってからも経済は横ばいであり、これは実質成長しているというとだ。デフレを何とかしたいならば、国内需要を大きくするしか無い。単にコストを上げて、値段を上げれば消費が増えて景気が良くなるというのは妄想に過ぎない。
(注1)日本銀行 「総裁記者会見要旨」2014年11月4日http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2014/kk1411a.pdf
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