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.経済  投稿日:2014/11/21

[清谷信一]【円安デメリット警告しなかったマスメディアの罪】その1~円安で儲けたのは一部大企業と投資家、証券会社だけ~


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

9月上旬から急激な円安が進み、やっとマスメディアが円安の弊害を報じるようになった。円高の弊害は以前から認識されていたが、マスメディア、特に日本経済新聞は円安になれば景気が回復するというアベノミクスを是とする報道や解説ばかり垂れ流してきた。円高、円安それぞれメリット・デメリットがあるが、メディアはその両方を並列的に解説すべきだった。

安倍首相がアベノミクスを披露する前からメディアは、円高は悪であり、「デフレ=不況」というステレオタイプのイメージを垂れ流すことが多かった。だが実際には第二次安倍政権誕生前の円高においても日本の輸出企業で最高益を出していた企業も多く、消費者や生産者も円高の大きなメリットを享受してきた。しかし多くのマスメディアは検証もしないで「円高・デフレ=不況」という報道を繰り返してきた。マスメディアは70年代のオイルショック以降は「インフレ=悪」という報道をしてきたのだが、それはキレイに忘れているらしい。

筆者は安倍氏が首相になる前の選挙の頃から円安の弊害について自身のブログで警鐘を鳴らしてきた。人為的な円安誘導によるメリットはほとんどない。ましてコストプッシュ・インフレによって景気が良くなることはない。むしろ消費を冷やすだけだ。

まず我が国のGDPの約6割が個人消費である。食品、エネルギー、多くの消費財は輸入である。例えば被服の96パーセントは輸入である。100円ショップの商品の多くもこれまた輸入品である。

円安になれば輸入原価が上がる。安倍政権発足によって対ドルレートは約35パーセントも下がり、輸入コスト原価が35パーセント上昇している。多くの消費財の製造国である中国やベトナム、タイ、インドネシアなどでは人件費が高騰しており、これまた原価が更に上る原因になってきた。また原油価格も資源バブルで高騰したが、これまでの円高で価格上昇は吸収されてきた。

輸入業者はコスト上昇分をすべて消費者に転嫁できない。日本国内の需要は減っており、市場の競争が激しいからだ。このため、卸や小売店の段階でも、輸入コストを分散して吸収をせざるを得ない。つまり円安は輸入業者だけではなく、中間業者の利益も削ることになる。特に小売業者は零細企業が多く、利益が減れば、賃金を上げるどころではなくなる。だがメディアの報道や分析は製造業の大企業に偏重している。

円安で不利益を被るのは輸入業者、卸業者、小売業者だけではない。サービス産業も同様だ。美容院や飲食店でも電気代や、消耗品、食品などがコストアップで経営を圧迫している。立ち食いそばにしても原料であるそば粉、小麦粉、海老天のエビ、油、果ては醤油の原料の大豆まで、多くの食材は輸入品である。

そして日本の企業の7割が小売・サービス業など第三次産業であり、また就労者の7割も第三次産業に従事している。更に農業や漁業など一次産業も電気や燃料、肥料、飼料などのコストが上がるので利益が圧迫される。

国内の工業も同様に円安によって、エネルギーや原料費が高騰しているなどデメリットを被る。そして売り先にコストを転嫁できないケースが少なくない。これは国内向けの製造業だけではない。輸出大手の下請けも同じだ。

トヨタ自動車など輸出大手は円安によって濡れ手に粟で利益が増えているが、その多くは下請け企業に値上げを許していない。原価が上がって、売値が上がらないのだから、経営は苦しくなり、これまた賃金が増えるわけがない。よくマスメディアは、円安は大企業に有利だと報道するがこれも正しくない。大企業でも外食チェーンや小売、国内向けの製品を製造している企業にとっては円安のメリットはない。

つまり円安のメリット受けるのは輸出を多く行っている大企業だけ、ということになる。ところがそれらの大企業も思ったほどに円安のメリットはない。それは既に海外に生産拠点を移しているからだ。例えばデジカメにしても一眼レフ以外のコンパクト・デジタルカメラなどは外国で生産、あるいはOEM先から調達して国内で販売している。

いわゆる輸出企業も100パーセント、あるいはそれに近いパーセンテージで、国内で生産していない限り、円安のメリットは少ない。実際に輸出企業の輸出も安倍首相が就任する前と比べて増えているとはいえず、期待されたJカーブも実現していない。

国内で、円安で利益を得たのは一部の大企業と株式で儲けた投資家、証券会社ぐらいだろう。円安によって消費者や前記以外の事業者から「収奪」された多くの国富や海外の投資家や海外の産油国や海外に製品を輸出している企業に流れている。

安倍首相は一部の大企業や投資家が儲かれば、トリクルダウン効果で日本国内隅々まで恩恵が広がり、所得も増えると主張しているが、それはイリュージョンだ。多くの国民や企業の利益が円安によって収奪されず以前の収入のままで、一部の企業や投資家が儲かるのであればトリクルダウン効果はあるだろう。

だが実際は円安で「収奪」されたカネは全部国内の輸出企業や投資家の懐にはいるわけではない。多くは外国の投資家の利益となり、また同様に実質的に産油国など外国にばら撒かれている。ドル建ての支払いで原油や商品を買えば買い手の手取りは増えないが、我が国の輸入業者の支払いは実質増えることになる。その意味では円安で「収奪」されたカネが外国に流れるに等しい。喩えるならば人為的にダムを決壊させれば、被災地を再建する土建屋が儲かるから被災者全員が潤うというようなものだ。

1960年代であればアベノミクス有効だったろう。国内輸出企業の拠点はほとんど国内にあり、人口も増え、老齢人口も少なかった。またインフラも未整備で、公共事業の乗数効果も大きかった。率直に申し上げればアベノミクスを考えた人たちの頭は半世紀ほどずれている。

(続く)

 

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