[小泉悠] 【暴力が広く薄く拡散する時代】~「新しい戦争」の時代の到来~
小泉悠(未来工学研究所客員研究員)
2014年という年が後に一種のメルクマールとして記憶されることはほぼ確実であろう。特に注目されたのは、ロシアによるクリミア半島の併合とそれに続くウクライナ東部(ドンバス)での内戦、4年目に入ったシリア内戦と、その中で不気味に成長を遂げたイスラム国の台頭など、既存の国際秩序を揺るがす動きである。
このような事態が今になって続発しているのは偶然ではあるまい。英国の紛争研究者メアリー・カルドアが1990年代に指摘したように、グローバリゼーションの進展が近代的な国民国家システムを国際秩序の面からも国内秩序の面からも侵食していった結果、紛争の在り方自体が大きく変化した。
端的に言えば、それは国家という明確な主体同士が領土や覇権を巡って衝突しあうタイプの戦争(カルドアの表現によれば「古い戦争」)の時代から、国家、テロリスト、非政府組織その他の多様な主体が、決定的な軍事力行使を伴うことなく影響力の拡大を求めて戦うより複雑な戦争(同「新しい戦争」)の時代への移行であると言えよう。
ちなみにカルドアはユーゴスラヴィア紛争の経験からこのような結論を導いたのだが、同時期、英陸軍の将軍としてユーゴスラヴィア紛争に関わったルパート・スミスもよく似た図式を提示している。
さらに緩やかに低下し続けてきた米国の覇権が、ここ数年、経済危機や新興諸国の台頭により、絶対的にも相対的にも急速な落ち込みを見せた。これが冒頭で述べたような国際秩序の弛緩につながったと考えられる。
仮に、2014年に発生した一連の事態がこのような構造的背景の下で発生しているのだとした場合、一過性のものでは終わるまい。明確な国境があり、その範囲にはくまなく主権が及び、戦争でもない限りそれが破られることはない、という時代の終わりを、我々は2014年に明瞭な形で目にしたのかもしれない。
ただし、これはロシアのように、クリミア併合と言う形で秩序破りを行った国についても言える。ロシアが恐れているのは、アフガニスタンからISAF(国際治安支援部隊)が撤退したことにより、中央アジアへとイスラム過激派が侵入してくる事態だ。あるいはイスラム国で戦う旧ソ連系市民もここへ加わってくる可能性がある。
破滅的な破壊にも至らない代わりに、暴力が広く薄く拡散する時代。2014年がそれを世界に見せつけたのだとすれば、2015年はそのような傾向が加速するのだろうか。軍事で飯を食っているせいか、どうにも暗い2015年の展望となってしまった。
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