[小泉悠]【イスラム国少年兵、ロシア人公開処刑】~中央アジアと中東からの脅威急拡大~
小泉悠(未来工学研究所客員研究員)
イスラム過激主義の脅威が、遠い中東での出来事ではなく、先進国の国民にとっても差し迫ったものとして感じられるような出来事が続いている。今年に入ってからだけでも、パリでイスラム過激派による出版社の襲撃事件があったのに続き、今度はイスラム国が拘束している2人の日本人の命と引き換えに2億ドルの身代金を要求するという事態が発生した。
筆者が専門とするロシアも例外ではない。日本人人質の殺害予告が出るおよそ1週間前、インターネット上では衝撃的な映像が出回っていた。画面にはイスラム国の戦士を名乗るひげ面の男と、跪かされた2人の男、そして幼い少年が写っている。場所はシリアと見られ、2人は少年の拳銃で射殺された。
10歳くらいにしか見えない子供に人を殺させるイスラム国の異常性はさておくとして、殺された2人は何者なのだろうか。一緒に立っていたひげ面の男によると、2人はロシア人とカザフスタン人で、ロシア連邦保安庁(FSB)の協力者であるという。
FSBは2人がFSB職員ではなく、それ以上は情報がないとして発言を拒んでいるが、事実であればロシアはイスラム国に対してかなり突っ込んだ対応を行っていることになる。その背景にあるのは、シリア内戦及びイスラム国の台頭がロシアの安全保障に対して差し迫った脅威になりうるという認識であろう。
ロシアが恐れているのは、シリア内戦に多くのロシア人や旧ソ連諸国のイスラム教徒が参加しており、後にその多くがイスラム国へと合流している点だ。たとえばチェチェンなどを含むロシアの北カフカスからは数百人がイスラム国へ参加していると見られるし、中央アジア諸国を含めればその数は2000-4000人になるともいう(国際戦略シンクタンク「国際危機グループ(ICG)」のレポートによる)。
イスラム国ナンバー4のアブ・オマル・シシャニ(シリア野戦軍司令官)はグルジア出身だし、冒頭で紹介した映像に写っていたひげ面の男自身も、アル・サード・アル・ダゲスタニと呼ばれ、北カフカスのダゲスタンとつながりがある人物のようだ(英Daily Mail紙によると、この映像が撮影された直後にクルド人勢力との戦闘で死亡したと伝えられる)。
こうした旧ソ連圏のイスラム過激派たちが国際的なテロ組織ネットワークとのつながりを強めたり、戦闘経験を蓄積してロシアへ帰ってくること、あるいはロシアがイスラム国の直接の標的となることなどが、ロシアの懸念する事態なのである。実際、イスラム国は昨年9月、チェチェンを含む北カフカスを開放するためにロシアを次なる聖戦の標的にするとした宣言(ロシア語)をネット上で公開していた。
一方、アフガニスタンでは米軍やNATO軍の撤退によってタリバーンなどが再興し、中央アジア方面へと勢力を拡大してくる可能性が懸念されており、ロシアとしては、中央アジアと中東の二方向からイスラム過激主義の挑戦を受けている結構と言える。
昨年12月にロシアが改訂した軍事ドクトリンでも、NATOに対する脅威認識ばかりが大きく取り上げられたが、実際にはイスラム過激主義や大規模テロ、武装蜂起などに対する記述が増加しており、こうした非正規型脅威のほうが差し迫ったものとして認識されている可能性が高い(NATOなどはあくまで軍事的脅威に発展し得る「軍事的危険性」との位置付け)。
こうした中でロシアは、非公然の対テロ活動をシリアで展開していると見られ、今回の処刑動画も(事実であれば)その一端を垣間見せるものと言えよう。