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.国際  投稿日:2019/12/3

中曽根元首相の戦略的思想


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#49」

2019年12月2-8日

【まとめ】

中曽根元首相は真の意味で戦略的思考で外交政策を考えた首相。

司法委員会で始まる弾劾に関する公聴会をトランプ氏は無視。

・独、CDUとSPDの連立解消にメルケル首相が言及。

 

中曽根康弘元首相が101歳の生涯を閉じた。「ロン・ヤス」の「ヤス」というよりは、やはり「大勲位」が相応しい大宰相だった。筆者がイラクから外務本省の中東局に戻ってきた当時の首相が中曽根氏だった。時折降りてくる官邸からの指示はいつも的確かつ戦略的だった。全てが総理の指示だという。とにかく凄いと脱帽したものだ。

中曽根元首相は将来の総理を目指し常に様々な政策のアイディアを大学ノートに書き溜めていたと聞いていた。こうした指示も昔から温めてきた政策アイディアだったのだろうか。戦後の日本で真の意味で戦略的思考に基づき外交政策を考える初めての首相だったことは間違いない。心からご冥福をお祈り申し上げる。

その「大勲位」が日本の首相だったら、今の中国に対し如何なる手を打つだろう。香港の民主化運動にどう対応するだろうか。日本版「香港人権法」は制定するだろうか。そもそも、習近平総書記の国賓訪日を再考するだろうか。この点につき今週のJapan Timesに英語でコラムを書いたので、御一読頂ければ幸いである。

もう一つの焦点は相変わらずワシントンでの大統領弾劾の動きだ。今週は4日に米下院司法委員会で弾劾に関する公聴会が始まる。これまでは情報委員会が舞台だったが、これからは司法委員会が主戦場となる。ところが、トランプ氏は3日からロンドンで始まるNATO首脳会議に出席するため2日にワシントンを出発する。

要するに、トランプ氏は下院民主党の動きを無視する作戦だ。民主党はクリスマスまでに弾劾の票決を終え、年末までに上院に送りたいのだろう。詳細は毎週金曜日には掲載されるキヤノングローバル戦略研究所の辰巳主任研究員の「デュポンサークル便り」を読んで欲しい。ワシントンの動きを詳しく知りたい向きにはお勧めだ。

▲写真 トランプ大統領 出典:Flickr; Gage Skidmore

 

〇 アジア

米国の「香港人権・民主主義法」成立に対し中国が報復を始めた。米軍艦の香港寄港を拒否し、米国の複数のNGOにも制裁を課すとしているが、香港に立ち寄れなくても米軍は当面困らないし、米国のNGOは今までも様々な嫌がらせに直面していただろうから、余り実害はない。逆に言えば、今中国は本気で喧嘩する気がないのだろう。

筆者にとってより関心が高いのは貿易交渉の行方だが、こちらの方も大きな進展は期待できない。トランプ氏は対外的に無視しようと努めているが、弾劾プロセスには関心大ありのはずだ。中国はその足元を見て、早期に米側譲歩を勝ち取ろうと必死だが、そう簡単に行くとは思えない。仮に合意しても一時的、表面的、限定的なものだ。

 

〇 欧州・ロシア

メルケル独首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)の連立パートナー社会民主党(SPD)の党首選決選投票で、CDUとの連立に批判的な新執行部が選ばれた。これに対しメルケル首相は、「SPDと連立条件の再交渉は行わない、これが受け入れられないなら、SPDは連立を離脱すれば良い」と語った。おいおい、これは深刻だぞ。

CDUとSPDの連立解消はドイツの政局を流動化させかねない。EU中心主義を採るドイツの政治的安定が害されれば、フランスとの連携にも悪影響を及ぼしかねず、最終的にEU全体が不安定化するかもしれない。オオカミ少年をやる気はないが、来年以降もドイツ内政は欧州で最も重要な注目点であり続けるだろう。

▲写真 IAA 2019でのメルケル首相(中央) 出典:Wikimedia Commons; Johannes Maximilian

 

〇 中東

先週ロンドン橋付近で起きた死傷事件でイスラム国」(IS)は犯行声明を発表したという。但し、事件が本当にISの仕業かは不明、専門家によれば信憑性は低いという。日本のテロ専門家も最近ISの活動は低調だと指摘していたが、問題はISの仕業かどうかではなく、誰であれ、何時でも、何処でも、この種の行為は起こるという現実だ。

 

〇 南北アメリカ

元FBI女性弁護士が2年前に恋人と行ったトランプ氏批判チャットにつき最近トランプ氏が下品な批判を再開。これに同弁護士が公然と反論したため、ワシントンではちょっとした騒ぎになっている。どうでもいいような話だが、こうしたことが今米国では日常茶飯事のように起きている。米国内政の劣化を象徴するようなエピソードだ。

 

〇 インド亜大陸

先週の日印2+2会合を受け、両国は初の共同戦闘機訓練を来年日本で実施するという。印空軍からは主力戦闘機スホイ30MKIが参加、自衛隊が共同で戦闘機訓練を行うのは4か国目となるそうだ。共同訓練をやっても、将来日印空軍が一緒に戦う可能性は低いだろうが、両国の念頭にあるのは勿論、中国だろう。

どうやら日印防衛協力は新たな段階に入りつつあるようだ。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ロナルド・レーガン元大統領と中曽根康弘元首相 出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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