【ブロードウェイミュージカルでの日本のプレゼンス】~日系米人強制収容の実話がミュージカルに~
渋谷真紀子(ボストン大学院・演劇教育専攻)
今週末6月7日はついに、アメリカ演劇の最高峰トニー賞受賞者の発表です。今年の目玉は何と言っても、日本人初ミュージカル部門主演男優賞にノミネートされている渡辺謙さんですね。「王様と私」の王様役は、ユル・ブリンナーの印象が拭い去れず上演が見送られていたようですが、奇才の演出家バートレット・シャー氏が「Kenしかいない!」と日本から異例の大抜擢をし、それが見事にブロードウェイに新しい風を吹き込んでいるようです。この作品は、ブロードウェイでは中々キャスティングの機会に恵まれないアジア系アメリカ人の俳優を30人起用したことでも話題となりました。そして、今秋には、日系アメリカ人のジョージ・タケイさんが自ら体験した第二次世界大戦中の在米日本人収容所での実話をミュージカル化した「Allegiance(忠誠)」が上演される予定で、更にアジア系俳優が主役を飾ることになります。
過去にブロードウェイで上演された日本関連の作品としては、ミュージカル界の巨匠スティーブン・ソンドハイムが作詞・作曲した「太平洋序曲」があります。これは、ペリー来航時の開国・西洋化に難色を示す日米関係の歴史をアメリカ人の視点で描いたミュージカルです。脚本・音楽はアメリカ人でしたが、主演の岩松マコさん(日系アメリカ人)はトニー賞ミュージカル部門主演男優賞候補になる等、ブロードウェイ史における“日本”としては重要な作品です。しかし、あくまでこれはアメリカ人による日本の歴史解釈にすぎません。
2004年に宮本亜門さんが演出した際に、日本人の視点が加わり再評価されたようです。それに対して、「Allegiance」はジョージ・タケイさんが自らの体験を描くことになります。日系アメリカ人の人口比率は、全米で0.3%と少数で(注:在ロサンゼルス日本国総領事館HPより)実話に基づいたオリジナルミュージカルを上演・主演というのは、異例の快挙です。
ジョージ・タケイさんはテレビ番組『スタートレック』シリーズのヒカル・スールー役でブレイクした日系アメリカ人俳優ですが、77歳にて初のブロードウェイ主演デビューとなります。これが、どれだけ重要なことであるかをニューヨーク・ボストンで小学生から高校生に「歴史と人権」を17年間教えている先生が熱く語ってくれました。
私は客員講師として、彼女と連携し、第二次世界大戦の理解を深める為、「アンネの日記」を演出しています。アメリカでの人権迫害というと、黒人差別やユダヤ人差別が大きな部分を占めること、またアンネの年齢が生徒達に近いこと、ヨーロッパからの移民も多い為、この作品は生徒達が人権の理解を深めるのには最適な題材だそうです。
さらに、この学校では、第二次世界大戦の知られざる側面として、日系アメリカ人や日本人を「日本の血が混ざっている」という理由で強制収容所に隔離し人権迫害を行っていた事実も、ドラマメソッドを用いて重点的に教えているといいます。このトピックをアメリカの義務教育課程で取り扱うことは非常に稀で、このように語られにくい歴史の一部がブロードウェイミュージカルとして最も注目される場所で上演されることは大きな変化だと先生は教えてくれました。
「日本文化」に触れることはあっても、「日系アメリカ人」の歴史を授業で触れるのは珍しいといいます。終戦から70年、日系アメリカ人が自ら語る歴史の事実をブロードウェイミュージカルとして、どのようにアメリカ人に評価されるのか今から注目です。
トップ画像/“TheTonyAwards” Facebookより引用