【“サッカー本は売れない”という風評被害を取り除きたかった】~東邦出版一書籍編集長・中林良輔氏・インタビュー・前半~
インタビュー:ー書籍編集長・中林良輔(東邦出版)
『サッカー本といえば東邦出版』というイメージを定着させたのが同社の書籍編集部、編集長の中林良輔氏。自身もサッカー少年で、いまでもボールを蹴るサッカー人でもある。「本が売れない」と言われて久しい出版業界だが、果たしてサッカー本に未来はあるのか? 旧知の仲である、編集長・鈴木がインタビューを行った。
鈴木:サッカー本の未来についてうかがいます。東邦出版さんは、いま日本でサッカーの本を一番出している出版社であり、その中心が中林さんだと思いますが、年間どのぐらいの冊数を出版しているのですか?
中林:僕が担当している書籍に関して言うと、基本的には月に1冊から1.5冊出していまして、9割がサッカー本です。実のところ、2014年7月にブラジルW杯が終わって、いまに至るまでかなり逆風だったんですね。業界全体もそうですし、紙の本が売れないと言われて久しいです。短絡的なところでは『ブラジルW杯で負けてしまったので、いまサッカーの本はダメでしょう』と言われ続けてきました。でも、だからこそここで『サッカー本は売れるんだ』と思わせたかった。それを誰がやるんだと言えば、うちがやるしかないと思っていたので、社内的にも絶対にコケない企画を、半年から1年ほど取り組んできました。出版点数も意識的に増やしていて、いまは1ヶ月に2冊のペースでサッカーの本を出しています。
鈴木:1ヶ月に2冊はかなり多いですね。
中林:ハリルホジッチ監督が来て、日本代表の状況が上向きになり、FC東京の武藤嘉紀選手が海外に移籍するなどの話題も出てきています。今年に入っていくつかサッカー本を出しましたが、おかげさまで売れ行きも良く、サッカー本は売れるんだと印象づけることができたと思います。下半期は無理をせず、1ヶ月に1冊程度で、リスクのある「そんな本を出すの!?」という企画もやってみたいと思います。
鈴木:2015年に入ってから、どのようなタイトルを出版されたのですか?
中林:ざっとあげると、これだけあります。
「おれは最後に笑う サッカーが息づく12の物語」(小宮良之)
「J2白書2014/2015」( J’s GOAL J2ライター班 )
「王者への挑戦状 世界最強フットボーラーなで斬り論」(ヘスス・スアレス+小宮良之)
「サッカー番狂わせ完全読本“ジャイアントキリングはキセキじゃない”」(河治良幸)
「ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう」(マルティ・パラルナウ)
「本格ドリブラー養成講座 プロでも間違う「ドリブル」の基本」(前園真聖)
「ハリルホジッチ思考 成功をもたらす指揮官の流儀」(東邦出版/編)
鈴木:(手元にある本を手に取り)「サッカー番狂わせ完全読本“ジャイアントキリングはキセキじゃない”」は番狂わせをテーマにした、おもしろい切り口の企画ですね。
中林:これはテーマを限定した企画なのですが、海外サッカーが好きな方、知識を得ることにおもしろさを感じてもらえる方は、安定した読者数がいるので、少なくともその方々には買って頂けるだろうというのが前提としてありました。どれだけ部数が伸びるかは、作り方次第なのですが、絶対に失敗はしない本だと最初から思っていました。
鈴木:中林さんは編集の仕事を始められて、何年になりますか?
中林:11年目になります。そのなかでもサッカー本は8割ぐらいです。この11年でなにを経験したかというと、この著者でこの企画の本となると、最低限このぐらい売れるだろうというのは見えるようになりました。ただ、上は見えないですけどね(笑)
鈴木:経験を積むことで、売上を読む精度が上がってきたんですね。
中林:サッカーが追い風のときは調子に乗って、あまり売上はよくないかもしれないけど、出す意義がある本であったり、チャレンジしたいテーマの本を出すこともあります。ただ、ここ一年ぐらいはその時期ではないかなと思っています。
鈴木:私はこの業界で働いて13年になりますが、若い書き手が出てこない現状がありますよね。
中林:僕もそこは憂いながらも「じゃあ一冊、本を出してみますか」と言うのはハードルが高いのも事実です。そこは常に悩みどころですね。なので、若い書き手の方を雑誌などの媒体に紹介して、ある程度、経験を積んでもらったところで、一緒に企画を考えて、本を作るという形を模索しています。「高校サッカーは頭脳が9割」を書いた、篠幸彦さんはそのケースですね。そういう形はどんどんやっていきたいなと思っています。
鈴木:サッカーでいうと、若手を下部リーグのチームにレンタルで出し、育ってきたところで戻すようなやり方ですね。
中林:そうかもしれません(笑)。ブラジルW杯の後で「サッカー本は売れない」という風評被害にあう前は、ムック(注・雑誌と書籍の中間の形態)を作りたいと思っていたんです。ムックをブランドとして、ある一定の層に買ってもらえるか、スポンサーの広告を入れることができれば、自由に作ることができるじゃないですか。そういう企画もやってみたいと思っていたのですが、まだ実現できていないですね。ムックっぽいというか、オムニバス形式はひとつの方法で、ハリルホジッチの本(「ハリルホジッチ思考 成功をもたらす指揮官の流儀」)が5月に出たのですが、オムニバス形式であれば、著名な何名かの人に書いてもらう中で、無名だけど面白い原稿を書く人を入れる余地もあります。
鈴木:なるほど。たしかにそうかもしれません。ハリルホジッチは哲学があってキャリアもあり、ピッチ内外で様々な経験をしてきた人ですよね。どのような出来事を経て、いま日本で監督をしているのか。そのあたりは興味があります。
中林:ハリルホジッチ監督に関する言説が溢れる中で、書籍でできることは何かと考えた時に、彼の人物像も含めて、深いところに入りこんだものを作り「ハリルホジッチはこういう人なんですよ」と見せるのは、書籍の仕事かなと。
鈴木:たしかに、書籍だからできることはたくさんありますよね。リアルタイム性でいうとWebや新聞に優位性があって、いまハリルホジッチはこういうことを言っていますという情報が出ていますよね。
中林:本田に対して何を言った、香川をどのポジションで使うのか。そこが注目になると思うので、そうではない、ハリルホジッチが日本に来るまでに焦点をあてて、深く読ませるのもおもしろいかなと。それが、いまのハリルホジッチ監督、そして日本代表を見るときの深さにもつながるのかなと思っています。(後編に続く)
提供元:<Football EDGE>