[林信吾]【「ビートルズのEXILE魂」をご存じか】~ヨーロッパの移民・難民事情 その7~
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
先般、福山雅治の結婚がワイドショーを賑わせた際、彼の母校(長崎県出身)の音楽室には、ショパンやモーツァルトといった楽聖たちと並んで写真が飾られている、という話を聞き、笑いこけた。たしかにミュージシャンだが、モーツァルトに並ぶ存在とは知らなかった。あまり笑いものにすると、女性読者が怖いのでこれ以上は触れないが。
もしこれが、ビートルズの写真であったら、どうだろう。
案外、彼らもそこまでの存在になったか、と感心したかも知れない。日本でも知らぬ人がいないほどの彼ら4人は、いずれも英国中西部の港町リバプールの出身である。ただ、4人とも「居残りアイルランド人」の子孫であることは、ほとんど知られていないのではないだろうか。
19世紀後半、イギリス=イングランドが産業革命以来の発展を続ける一方、当時植民地であったアイルランドは、度重なる不作に苦しめられ、多くの農民が土地を離れ、新大陸アメリカへと移民していった。
アイルランドに最も近い英国の港町がリバプールで、当然ながら多くの移民が上陸し、まずは労働者となって旅費を貯め、新大陸での成功を夢見て、再び海を渡って行った。
しかし、中にはリバプールで一定の生活基盤を得たり、逆に、その日暮らしで旅費も工面できない身の上となり、かの地に居着いたりした人もいた。彼らがアングロ・サクソン系のイギリス市民(前回の記事を参照)から、蔑視を込めて「居残りアイルランド人」などと呼ばれたのである。
彼ら自身は、エグザイルEXILEと称していたらしい。字義通りには亡命者だが、要は、好きで故郷を離れたわけではない「国外追放も同然の移民」といったことだろう。
そう言えば、日本で同名のグループが人気を博しているが、別段ビートルズやアイルランド系移民の故事を意識した命名ではなさそうだ。つまり、ビートルズという存在もまた、移民によって生み出されたのである。彼ら自身、自分たちの「アイルランド性」を否定していない。
そもそも4人のうち3人までが、レノン、マッカートニー、スターというケルト古来の姓を名乗っているし(ハリスンは北欧系と推察される)、ジョン・レノンなどは、息子にジョンJohnのアイルランド表記であるショーンShoneと名付けた。
また、Johnの愛称は、イギリス英語ではジョニーJonnyが一般的だが、アイルランドではジュードjudeが多い。ただ、有名なHey Judeという楽曲はポール・マッカートニーの手になるもので、Judeの意味も様々に解釈されている。
ドイツ語では「ユダヤ人」の意味になり、それを知らなかったポールが、宣伝目的で事務所の窓ガラスにHey Judeと大書したところ、反ユダヤ主義の落書きと誤解され、抗議の電話が殺到したという逸話まであるほどだが、これは余談。
話を音楽に限っても、初期の名曲と称されるAnd I Love Herなどは、短調のメロディーラインや転調の仕方にケルト音楽の影響が見られると言われるし、Let it beという歌も、公式にはカトリックだけに許されている聖母マリア信仰の歌詞(ありのままに生きなさい、という教え)、Yesterdayの歌詞はアイルランド系移民の望郷の歌に想を得ている、といった具合だ。私は音楽には門外漢なので、どこまで本当なのかまでは保証しかねるが。
その後ジョン・レノンはカトリックの信仰から離れたものの、アイルランド系のアイデンティティは終生捨てなかった。なにしろ、これも日本では知られていないが、反英テロ活動を繰り広げていたIRA(アイルランド共和国軍)の「匿名の大口スポンサーの一人」に違いないとして、ロンドンの当局からずっとマークされていたのである。
ここまで読まれて、イギリス=イングランドにおけるアイルランド系移民と、わが国における在日の問題が、二重写しのように感じられた向きも多いのではないだろうか。
ならば、このように考えてみていただきたい。
「ビートルズはイギリスの誇りだが、アイルランド人は嫌いだ」
などと言い放つイギリス人がもしいたら、あなたはその人の知性を信頼する気になるだろうか、と。
(こちらはシリーズです。以下の記事も合わせてお読みください。
[林信吾]【“移民”なくしてロンドンなし】~ヨーロッパの移民・難民事情 その1~
[林信吾]【スポーツと政治と移民問題】~ヨーロッパの移民・難民事情 その2~
[林信吾]【ユダヤ人問題は“いじめの構造”】~ヨーロッパの移民・難民事情 その3~
[林信吾]【ロンドンのJJエリアを知っていますか?】~ヨーロッパの移民・難民事情 その4~
[林信吾]【英国と中東諸国との間の「歴史問題」】~ヨーロッパの移民・難民事情 その5~
[林信吾]【英語も実は「移民」がもたらした】~ヨーロッパの移民・難民事情 その6~
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