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.国際  投稿日:2015/11/15

[林信吾]【仏同時テロ:キリスト教国としての悩み】~ヨーロッパの移民・難民事情 特別編(上)~


 林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

執筆記事プロフィールblog

パリで起きた同時多発テロの余波で、日本からの観光ツアーは中止が相次ぎ、出張を自粛する企業も多い。フィギュアスケートの大会まで中止になってしまった。

死者129人を数える(15日午後5時現在)、フランスにとっては第二次世界大戦後、最悪のテロ事件で、場所が週末のパリ。サッカーの国際Aマッチが行われていたスタジアムや、コンサート会場、さらにはレストランやカフェでの無差別テロで、日本人が巻き込まれなかったのは、奇跡に近いと言ってよいだろう。

報道番組などでは、(たまたま日本人の犠牲者が出なかったからと言って)対岸の火事ではない、というコメントが相次いだが、私はこれは、半分正しく半分誤っている、と考えている。

そもそもボーダーレスの時代であり、また、安保法制により、中東に展開する米軍などに自衛隊が後方支援を行う、という可能性が出てきた以上、日本がいつテロの標的とされてもおかしくない、というところまでは、たしかにその通りである。

しかしながら、今年初めの新聞社襲撃事件以降、最高レベルの警戒態勢にあったパリで、またしてもテロが引き起こされた背景を考えたならば、そこにフランスという国特有の、社会的・宗教的事情を見過ごすわけには行かないのだ。

現在、西ヨーロッパにはイスラムを信仰する住民が、およそ1700万人いて、うち600万人はフランスに居住していると言われる。もちろんこれだけでは、フランスでテロが続けざまに起きた理由付けにはならない。少しまわりくどくなってしまうが、やはり順を追って見て行かねばならないだろう。

まず、単に移民というくくりで見るなら、人口比でもっとも多く受け容れているのは、フランスの隣国スペインである。なにしろ、今や総人口の13%近くが移民だと言われているほどだ。

しかし、スペインにやってくる移民とは、大半が中南米出身者で、もともと大航海時代に新大陸に渡って行った人たちの子孫であり、スペイン語を母国語とし、宗教や生活習慣の面で、スペインの「親戚」たちとほとんど変わらない。したがって、経済問題にからんで、移民政策は繰り返し論争の的にはなるけれども、人種的・宗教的対立感情は見られない。

イスラムの移民に話を限っても、英国にはパキスタン系移民が多く、彼らの中から、イスラム過激派に共鳴してテロ事件を引き起こした者も実際にいたが、全体としては、イスラムを敵視あるいは蔑視するキリスト教徒はごく少ない。むしろ寛容な方である。

ドイツのトルコ系移民の場合は、職や教育の機会を得ることが、信仰や伝統より大事だ、と割り切っている人が多く、こちらも移民問題は、もっぱら経済的な側面から、繰り返し論争の的となっている。移民排斥を訴える若者たちは、しばしばネオナチと呼ばれるが、「俺たちはナチじゃない。今のドイツのために闘っているんだ」と口を揃えて言う。

この点フランスは、いささか事情が異なるのである。フランスと聞いて、観光や芸術、ファッションのイメージがすぐに浮かぶという方々には、おそらく意外に思われるであろうが、この国は右から左まで、キリスト教を基礎とした政治思想を信奉する政治団体が数多く存在し、政権にも参加するほどなのだ。

たとえばEUの初代委員長ジャック・ドロールを輩出したCFTC(フランスキリスト教労働者同盟)は、カトリックの青年組織だが、社会党以上に左翼的だとまで言われ、その影響力たるや、彼らの協力なくして1980年代の社会党ミッテラン政権はあり得なかったほどである。事実ミッテランが、三顧の礼で選挙協力を求めた。

聖書に書かれていることが全て歴史的事実だと主張するファンダメンタリスト(キリスト教原理主義者)も、米国に次いで多いと言われる。右から左まで、と述べたのはそうした意味だ。

その彼らに共通するものは、イスラムに対する敵対感情で、たとえば女子生徒がスカーフで頭部を隠して公立校に通学するのを認めるか否かで裁判沙汰となるなど、深刻な社会的対立が、以前から散見されていた。このような事情をイスラム過激派の視点で見たならば、もともとフランス社会への憎悪を募らせていたとしても不思議はない。

いかなる理由があろうとも、市民を巻き込む無差別テロは正当化されない、という前提で、あえて一言述べるなら、今次のパリにおけるテロは、起きるべくして起きた。

次回はもう少し具体的に、新聞社襲撃事件の背景や、今次のテロが日本にもたらす影響について考察してみたい。


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