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.社会  投稿日:2015/11/25

軽空母の能力を最大にする為には~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その2~


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

本来軽空母1隻を常に稼働させるためには3隻の軽空母が必要となる。1隻がドック入りし、もう一隻は訓練や休養、最後の1隻が即応用ということになる。最低でも2隻が必要となる。「空母いぶき」では空母の建造計画が明らかにはされていないが、現在の作品中では「いぶき」1隻のみの運用となっている。1~2隻で稼働率を上げるのであれば、乗員を二セット揃えて、片方が休養を取っている間はもう片方のクルーが乗り込む方法があり、米軍などでは艦種によってはこのシステムを採用している。だがそうするとマンガとしては成立するのが難しくなる。

人員不足で、艦艇のクルーが定員を大きく割り込んでいる海自の現状を見れば、ダブルクルー制は実質的に無理だろう。無論、陸自を大幅に削減して、その予算を流用するなら別だが、国防よりも組織の利益を優先する、硬直した官僚機構のでは不可能だ。長年3自衛隊の予算比率はほとんど変わっていない。それでも航空機の搭乗員は機数の二倍は必要だ。米空母ではそうしている。いざというときに艦載機を全機飛ばすためにはこの程度の搭乗員数が必要となる。

単艦の空母の搭載機ならば12機程度、補機や地上訓練用の機体などを含めても20機程度は必要だ。だが、これでは効率が悪い。搭乗員や整備員の他の部隊へのローテーションでの移動も難しいし、実戦部隊に対する教育隊の比率も大きく非効率だ。例えば陸自の戦闘ヘリ、AH-64Dアパッチは僅か13機しかなく、このため常に部隊で稼働できるのは3~4機に過ぎない。

確かに「いぶき」の艦載機であるF-35Bは空自の採用したF-35Aの派生型であり、ある程度訓練や整備などの共用化はできるが、VTOL機であり、かなり異なる部分も多い。正規空母用のF-35Cほどの共通性はない。このため機体の母数が少ないと、稼働機数が大きく落ち込む可能性がある。

調達と運用に関しては、空自のF-15Jの近代化未改修の機体約100機の後継の一部として、空自でF-35Bを例えば50機程度採用するもの手だろう。実際作品中でも艦載機の運用は空自が担当している。恐らくは調達も空自が行っていると思われる。だが運用効率を考えれば、先述のように50機程度のF-35Bを調達することが望ましい。その場合空母以外は地上基地で空自が通常の戦闘機として運用すれば良い。それらの部隊をローテーションで空母に移動させるという手もあるだろう。

F-35Bは通常の戦闘機と異なり、長い舗装滑走を必要としない。このため島嶼防衛など空港や空自の基地がない場所でも運用ができる。これも米海兵隊がこの機体の採用にこだわった理由だ。F-35Bは垂直離着陸が可能であるが、その場合は多量の武器や燃料を搭載できないので短くとも滑走路があったほうがよいが、それは急場作りでも構わない。機体の整備部隊と、滑走路の設営隊をセットで運用すると有用だ。その辺りのノウハウは米海兵隊や英軍に教えを乞えばよろしい。

なお、現在のところ中国やロシアの空母はスキージャンプ台(注1)は有しているが、カタパルトを有していない。使用しているのはF-35BのようなV/STOL機ではなく通常の固定翼戦闘機を改良したSTOBAR(Short TakeOff But Arrested Recovery:短距離離陸拘束着艦機)機を使用している。このため離艦重量に制限があり、フルにミサイルなどの武装や燃料を搭載できない。このため「遼寧」は搭載機が60機程度とされてはいるが、米国の原子力空母と比べるならば実際の戦力は数分の1に過ぎない。戦闘力は空母「いぶき」と較べても劣るだろう。

作品中で気になったのが、「いぶき」の早期警戒能力だ。少なくともこれまで作品中で固定翼の早期警戒機、あるいは早期警戒ヘリが登場していない。だがいくら優秀な戦闘艦のレーダーでも水平線を見越して探知はできない。このため、レーダーの索敵範囲が狭く、また水上艦のレーダーの死角からの攻撃、特に低空からの攻撃機や巡航ミサイルなどからの奇襲攻撃を受けやすい。このため防御に対する対処時間も局限されて艦隊が損害を受ける可能では高い。つまり早期警戒機がなければ、敵の先制攻撃を受ける事になる。このため米海軍ではE-2Cを運用しており、現在を新型のE-2Dへの換装が進められている。空自でもE-2Cを早期警戒機として運用し、新たにE-2Dの採用も決まったが、これらはカタパルトを持たない軽空母である「いぶき」では運用できない。

ロシアや中国などカタパルトを持たない空母では早期警戒レーダーを搭載したヘリコプターを採用している。早期警戒ヘリは高度や滞空時間、探知範囲などで固定機のE-2CやE-2Dには劣るが、ないよりは遥かにマシである。

現状「いぶき」は空自のE-2CやE-2D、早期警戒管制機であるE-767などの下でしか空母部隊が運用できないだろう。そうであれば、沿岸から遠く離れる事ができずに、空母の能力を限定的にしか使用できない。それでは空母を持つ意義が減ってしまう。

(この記事は、
【海上自衛隊、空母を持つ野望】~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その1~
の続きです。その3に続く。本シリーズ全3回)

(注1) スキージャンプ台
空母の飛行甲板に、離陸滑走距離を短縮させるため設けた勾配。

※トップ画像:everystockphoto /photo by  kenhodge13Flickr

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