[文谷数重]【MRJは世界市場で成功するか?】~楽観できない3つの理由~
文谷数重(軍事専門誌ライター)
国産航空機は身贔屓されるものだ。三菱の新型旅客機、MRJの試験飛行は全くそれであり、国民感情をくすぐられた結果、絶賛一色となった。飛行機は空を飛ぶように作られる。それが空を飛んだことが記事となった。なかなかあることではない。だが、その報道記事でも「世界市場は厳しい」と暗に述べている。各社の記事に目を通してみればよい。「世界市場での成功が約束されている」といった楽観的な記事がないことに気づくだろう。
なぜならば、世界市場では熾烈な競争が待っているためだ。実際にリージョナルジェットの分野はエンブラエル、ボンバルディアの牙城である。浜本良一氏(注1)によれば、前者のEシリーズは2439機、後者のCRJは1852機を既に受注しており、さらに中国との参入もある。新型機ARJ21は08年に初飛行を済ましており、ほぼ不具合点の洗い出しは終わり投入寸前である。*
この状況で、MRJは世界市場で成功できるのだろうか?
■ 楽観視できない3つの理由
MRJの輸出は楽観視できない。その理由は3つ挙げられる。トラブルの可能性が残ること。コスト的優位は確固としたものではないこと。販売力の弱いことである。
まず、MRJにはまだトラブルの可能性が残っている。実用化前であり試験飛行で不具合点の洗い出しを行なっている最中である。問題が発生すれば先は全くわからない。それで設計変更となり計画性能を切り下れば、他国機への性能的な優位は失われる。また、それで実用化の時期も大きく遅れる。航空機開発は順調に遅れるものだが、大トラブルで納期を満たせなくなれば契約解除で予約客を逃すこととなる。
また、コスト面での優位も楽観視できない。MRJは在来機に比較し「燃費で優れる」としている。だが、これは米国製の新世代エンジンによるところが大きい。仮に同サイズの他国機が同じMRJのエンジンを搭載すれば、ほぼ同燃費が達成される。ちなみに同タイプのエンジンは既にエンブラエルに供給されている。民生用エンジンのため中国も米国から購入できる。現用品はやや出力は足りないが登場間近な発達型であれば、ARJ21の旧タイプのエンジンを換装できる。
仮に燃費の優位が稼げても、活かせるかは別だ。MRJは空力設計(低抵抗)や素材・加工(軽量化)でも燃費を確保しようとしている。安全率を確保した上で、ギリギリまで詰める日本式なアプローチによるものである。だが、それで得られる優位性は大したものではない。おそらく他国機との差は5%以下のドングリの背比べである。今後、仮に燃料価格が下がれば吹き飛んでしまう程度のものであり、取得・維持費用を含むライフサイクルコストで負ける可能性も高い。
そして販売力でも勝てるか分からない。先行するエンブラエル、ボンバルディアの2社には実績がある。また、同じ新参でも中国は交渉力で日本に優れている。中小国の航空会社は、半ば政府国営のようなものだ。外交で「中国機を買えば、その国の資源や製品を購入する」とか「中国国内市場への参入や投資を認める」とやられれば日本は太刀打ちできない。実績、販売力で劣位のMRJがどこまで健闘するか、やはり楽観視できない。
■ 失敗作のC-2とは違う
もちろん、この3つの問題は他国機と比較して極端な劣位でもない。そもそもMRJは空自C-2輸送機とは違い、生まれながらの失敗機ではない。
C-2では政治的なバイアスで要求性能を決めたため、中途半端な飛行機となってしまった。「国産開発以外に選択肢がないように」「特に、米C-17輸送機の輸入が選択肢に入らないように」輸送機性能を決めている。このため、2016年の配備前にもかかわらず、自衛隊の海外派遣のニーズに合わない、力不足な中途半端な飛行機となってしまった。
だがMRJは要求性能の設定は間違えていない。「世界市場で売るためにはどうするか」について、政治的バイアスなしにキチンと詰めている。この点で最初からの失敗機ではない。
仮に諸事順調に進めば成功しても不思議はない。本質的に筋の悪い機体ではない。大トラブルなしで実用化まで進捗し、燃費の優位性を確保し続け、販売が堅調となれば、それなりの成功は収められる。
だが、どこか一ヶ所でもコケればMRJの立場は危うくなる。その点でMRJ輸出は楽観視できない。もちろん多少の問題が発生しても国内市場は鉄板である。国の後押しがあり、付き合いで国内航空会社や自衛隊は買うだろうが、輸出規模は厳しくなる。日本は米欧露中のような影響圏を持たない。このため「多少難あり」でも付き合いで買ってくれる国はない。
* 浜本良一「次期五カ年計画で一人っ子政策中止」『東亜』2015年12月号(霞山会,2015.12)pp.40-.53
トップ画像:出典 三菱航空機