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.国際  投稿日:2016/2/23

ブッシュ王朝の落日 米大統領選クロニクル その3


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

「私はわが国の団結を目指して進めてきた自分の選挙戦を誇りに思います。だがアイオワ、ニューハンプシャー、そしてサウスカロライナの人々は考えを明らかにした。私はその決定を尊敬します」

共和党候補のジェブ・ブッシュ氏はそこまで語って、胸を詰まらせたように黙った。そして一息ついて、この選挙戦からの撤退を発表したのだった。涙を浮かべての言明だった。2月20日のサウスカロライナ州共和党予備選で投票結果が判明してすぐ後のことである。

この撤退声明の発表の場ではブッシュ候補の兄のジョージ・W・ブッシュ前大統夫妻や母親の90歳のバーバラさんが背後に立っていた。ブッシュ一族がアメリカの国政の最高レベルで活躍してきた時代の一つの終わりだった。

ジェブ氏の父ジョージ・H・W・ブッシュ氏が共和党候補として大統領選に初めて挑んだのは1980年だった。この時は予備選でロナルド・レーガン氏に敗れ、後に同氏の副大統領候補として立ち、当選した。81年から89年まで副大統領だったのだ。この間、88年には大統領候補となり、勝利して、89年1月から93年1月までは第41代大統領だった。

彼の長男のジョージ・W・ブッシュ氏は2001年1月から2期8年、2009年1月まで第43代大統領を務めた。それから6年後の今回のキャンペーンに次男のジェブ氏が立ったわけだ。

ジェブ氏も2007年までの8年間、フロリダ州知事を務めた。だからこの30余年、アメリカの国政の共和党側はブッシュだらけだったのだ。その一族はみな穏健な保守主義者、共和党の主流派として知られてきた。その長期性と隆盛とで「ブッシュ王朝(Dynasty)」とも評されてきた。

私は41代のブッシュ大統領の取材体験が最も鮮烈に記憶に残っている。1989年には彼がマルタ島でソ連のゴルバチョフ書記長と会談し、東西冷戦の終わりへの展望を語るのを目前にみた。90年にはイラク軍がクウェートを占領した後の第一次湾岸戦争での彼のサウジアラビアの米軍激励にも同行記者団の一員として付いていった。92年には東京での晩餐会で彼が嘔吐したことで有名な日本訪問にも同行した。公式の記者会見で日本の憲法への見解を質問し、きちんと答えてもらったこともあった。

そんな彼を通じてブッシュ家の血統や伝統の強さをとくに感じさせられたのは91年7月、同家の昔からの別荘を訪れた時だった。ブッシュ大統領は日本の海部俊樹首相をそこに招いて、日米首脳会談を開いたのだ。メイン州のケネバンクポートという優美な避暑地の海沿いにある広大な一角だった。

日本人記者団の私たちも自由に構内に入れてくれて、ブッシュ家の人々が出てきて直接に歓待してくれたのには驚いた。そのうちの年輩の男性が私たちに歩み寄り、「このなかに早稲田大学出身の人はいるかね」と問いかけてきたのにはさらにびっくりだった。大統領の叔父のルイス・ウォーカー氏で、戦前にアメリカの大学野球の代表選手として訪日し、早稲田大学チームと試合をしたのだという。

水際の離れ屋のテラスには小柄な高齢女性がゆったりと椅子に座り、海を眺めていた。大統領の母親なのだという。その説明をしてくれたのは大統領の妹のナンシーさんだった。こんな光景に実感したのはブッシュ家の人たちのきずなの強さ、育ちのよさ、そして古きよきアメリカの伝統だった。

だがそれから25年後、当時のブッシュ大統領の次男のジェブ氏が選挙戦から脱落したのである。その理由としては同氏がトランプ氏らとは対照的な穏やかなキャンペーンをしすぎたこと、兄の43代大統領のイラク戦争の決定への意見を問われて、うまく答えられなかったこと、さらには多くの有権者の間に「ブッシュ疲れ」といえる傾向が広まったこと、などだとされている。

(この記事は、「気化」するか、トランプ人気 米大統領選クロニクル その1 と 帰趨を制する“一言の重み” 米大統領選クロニクル その2 の続きです)

 


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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