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.社会  投稿日:2016/3/4

「もうあかん!」名物靴店閉店と「いかにも大阪的」考


山口敦産經新聞大阪本社 社会部次長

「Osaka In-depth」

「いかにも大阪的」と聞いて、まず思い浮かべるものは、何だろうか。

もちろん三者三様とはいえ、がめつさや、厚かましさは、必ず上位に入る定番のイメージだろう。

それら「いかにも大阪的」な要素を兼ね備えた素材とみてか、この冬、ちょっとした注目を集めた大阪の靴屋があった。

「もうあかん やめます!」。そんな大きな垂れ幕を20年以上掲げて営業を続けてきた大阪市北区西天満の靴店「靴のオットー」が、本当に店じまいしたのだ。

関西弁で言うところの「ほんまの閉店日」となった2月20日は、冷たい雨が降りしきるあいにくの空模様だったが、新聞各社や、東京のキー局を含めたテレビ局の記者やリポーター、カメラマンら数十人が店頭に詰めかけ、客や野次馬とともにびしょ濡れになりながら午後3時の閉店を待った。

店はビジネスシューズなどを長年格安で販売してきた。とはいうものの、床面積30平方メートル足らずの古びた店内に立ち入った人は、大阪に住む人でも多くはないはずだ。靴を実際に買った人はもっと少ないだろう。

それでも、かなりの人にその存在を知られていたのは、大勢の人や車が行き交う大阪・西天満の交差点で、人を食った垂れ幕の数々をでかでかと掲げ続けてきたからだ。

昭和52年の開店以来、約40年間掲げてきた店のキャッチコピーが「大阪一安いとうわさの靴店」というところからも、その趣は察してもらえるだろう。

店が、「もうあかん やめます!」と大書きした垂れ幕を店先に掲げ始めたのは、バブル経済崩壊後の平成5年ごろからだったという。垂れ幕は看板屋に3万円で発注したものだった。以来、その脇にも様々な垂れ幕を登場させてきた。

「格差社会を是正せよ。身長の格差は当店で。人は見た目が9割だから。」とは、独自に開発し、同店の売れ筋商品だったシークレットブーツの宣伝。靴底の厚さで身長をごまかせるという例の秘密の靴である。

「フセインさん もうやめてぇな」「飲酒運転やめましょう。靴はいて歩きましょう。交通事故の代償高いが、靴安い。春の交通安全セール」といった社会派風?のものもある。 横綱、朝青龍が騒動を起こすと、すかさず「横綱も、この店も土俵際。出直しセール」と掲げた。

なかには、「倒産(とうさん)セール! 父の日だけにね」というシュールな垂れ幕や、「いや、やっぱり やります! どっちやねんセール」と、半ばやけくそで思いついたような文言も。

「だますつもりはなかったんです。作ったときは、ほんまに正直な気持ちやったんです。不安で不安でしかたなかった」。店主の竹部浅夫さん(74)は「もうあかん!」の垂れ幕を掲げ始めた当時をそう振り返る。

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バブル経済の崩壊に前後して、客足が激減し、真剣に閉店を考えたのだという。閉店するために、垂れ幕を新調する店もないだろうから、あえて話半分に聞くとして、竹部さんがふと漏らした言葉は、本音だろう。 「垂れ幕をかけると、通りを通る人や、車で通る人まで笑ってくれたんですわ。行き交うみんなと会話してるようやった。漫才でもしているようやった。うれしかったなあ」

 つまり、垂れ幕はボケで、店先を行き交う人がツッコミ。店ごと、街と「掛け合い」をしていたというのだ。

そして、麻雀店の電飾の下、店の黄色いひさしの中央に毎日のように掲げられるうちに、いつしか「もうやめます!」の垂れ幕はすっかり色あせて古びていき、店じまいを誰も信じなくなった。店は、いつまでも閉店しない閉店セール店の“元祖”のように扱われることになった。

垂れ幕の文言を読むと誤解されそうだが、店主の竹部浅夫さん(74)自身は、「どちらかと言えば内気な方」と自己分析するように、訥々としたそのシャイな話ぶりを聞くかぎり、単純な「目立ちたがり屋」や、関西風に言うところのいわゆる「いちびり」とは、少し違う印象を受ける。

閉店理由は、体調を崩し、店頭に立ち続けることが難しくなったためだが、支援する人が出てこなければ、黙って一人で店を閉めるつもりだったという。今回の各社の一連の取材攻勢にも、最後の日を除いて、写真や映像の取材は断り続けていた。

しかし、普段、極度の人見知りでも、ひとたび撮影や舞台になれば豹変する、職人肌のお笑い芸人がいるように、おもしろがる人の存在が、小さな店と派手な垂れ幕の支えになっていた。

閉店日に、有志によりささやかに催された手作りのセレモニーで竹部さんは、「こんなしょうもない男のために、こんなに集まってくれて、ほんとありがとう、ほんまおおきに」と、言葉少なに精一杯のあいさつをし、涙した。

そして、「本当に閉店するんですか」という記者からのお約束の質問には「これでまた続けたら閻魔様に舌を抜かれる」と笑った。

人によっては、都会のど真ん中で、色あせた“ウソ”の垂れ幕を堂々と掲げ続けたこと自体に、「いかにも大阪的」ながめつさや厚かましさを感じるかもしれない。

だが、実は、掛け合いの「間」や、それを見も知らぬ他人がおもしろがる「余裕」こそ「いかにも大阪的」の真骨頂であり、本当の閉店セールを手伝った有志たちが言うように、店はなくなっても大阪の風俗史の1ページを飾るにふさわしい-などと書けば、もちあげ過ぎだろうか。

歴史に残るはずの「もうやめます!」の垂れ幕は、昨年の台風時に外して以来、どこかにいってしまったそうだ。 閉店しない閉店セールをやる店は今では珍しくない。が、ここまで案外惜しまれて閉店する店はまずないだろう。例え大阪にあっても、今時の「閉店セール店」からは、「間」も「余裕」も全く感じられないのが残念だ。

トップ画像:閉店日を迎えた「靴のオットー」。土砂降りの雨のなか大勢の報道関係者や客らが詰めかけた。ⓒ山口敦

文中画像:「もうあかん!」の垂れ幕を掲げ続けてきた「靴のオットー」店主の竹部浅夫さん ⓒ山口敦


この記事を書いた人
山口敦産經新聞大阪本社 社会部次長

平成7年、産経新聞入社、松江支局配属。12年から大阪社会部。高槻通信部、南大阪(動物園)担当、大阪府警捜査一課担当、大阪府庁担当、大阪市役所担当、府警担当サブキャップ、府庁キャップ、京都総局デスクなどを経て現大阪社会部デスク。大教大附属池田小の児童殺傷事件やJR福知山線の脱線事故、地方自治、人権・同和問題取材などを担当。20年、取材班とともに「生活保護が危ない~『最後のセーフティーネット』はいま~」(扶桑社新書)を出版した。

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山口敦

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