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.経済  投稿日:2016/4/13

「死に至る病」と関西 その1


山口敦産經新聞大阪本社 社会部次長

「Osaka In-depth」

真夜中、高層マンション建築現場の工事用の柵に囲まれたベンチで、その〝ご老人〟がひとり座り込んでいる姿を初めて見かけた時はあわてた。

ベンチは産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)の前を通る大通りの歩道沿いにある。腰を下ろしている人物は、一見小粋なハンチングにしゃれたスーツ姿だが、杖をつき、微動だにしない姿は明らかに様子がおかしい。

体調の急変か、徘徊か、もしかして虐待かと、さまざまな想像が頭をよぎり、声をかけるべきかと工事柵の前を思わず何往復もした。

しばらく遠目に観察して、どうやら完成間近の高層マンションの敷地に新設された老人の像らしいと気がついた。驚くと同時にほっとしたが、以来、マンションが完成し柵が取り払われた後も、その樹脂製の老人像は、どうも気にかかる存在になっている。

おそらく、緑に囲まれたベンチでひとときを楽しむお年寄りをイメージして設置したのだろう。だだ、昼夜違わずじっとうつむいたままで、ベンチの隣に誰かが座っている様子はついぞ見たことがない。

その孤独な姿は、どうしても少子高齢化の日本の今と重なってみえる。

日本の総人口が、大正9(1920)年の調査開始以来、初の減少となった平成27年国勢調査(速報値)が今年2月に発表された。総人口は1億2711万人で、22年実施の前回調査から94万7千人の減少となった。首都圏の人口が増加する一方、関西では、最大の人口を抱える大阪府が初めて増加から減少に転じるなど、軒並み厳しい現実を突きつけられた。

今回、関西の自治体で、最も人口減少率が高かったのは、奈良県の南東部に位置する上北山村だ。

三重県に隣接し、吉野熊野国立公園の大台ヶ原を代表とする豊かな自然と美しい景観で知られる村だが、人口は5年前の683人から510人に減った。実に4分の1以上、25.3%もの減少で、その割合は、東日本大震災の被災地を除くと全国でも最も高い。

「林業はずいぶん前からだめになっていますが、最近になって企業が撤退したとか、診療所がなくなったとか、明確な理由がある訳ではないんです。社会現象としかいいようがない。何か対策を打ちだそうにも、失敗が許されないからこそ、慎重になってしまっている。そういうところがあります」。平成27年12月に、村の「人口ビジョン」を取りまとめた役場の担当者はそう語る。

国立社会保障・人口問題研究所(社人研)社人研の推計では、村の西暦2060年の人口は188人。昭和30年(1955年)の国勢調査では2543人だった人口は、ダム工事等による一時的な増加を除くと、ほぼ減少の一途をたどってきた。それでも、約100年間で10分1以下にまで落ち込むという推計は、村に衝撃を与えた。

村が策定した人口ビジョンも、推計のように人口減少が進んだ場合、村内から商店や飲食店といった店舗はほぼ姿を消し、学校や診療所をはじめとする公共施設や公共サービスを村単独での維持することは極めて困難になる、と危機感を前面に打ち出した。

だが、村自体が消滅するかもしれないという非常事態を目の前にして、村は具体的な対策を示しあぐねている。

最寄りの高校までバスで1時間。そのバスも一日1往復のコミュニティーバスしかない。中学を卒業すると若者はすべて村を出て行き、高校や大学を卒業した後、村に帰ってくる若者はまれだ。

「住民票を村に残しながら高校の寮に入っている子もいると思いますが、私の知る限り、高校生の年代で実際に村にすんでいる子はいません」と担当者は話す。

上北山村がある奈良県全体の人口は計136万5008人。前回より 3万5720人(2.6%)減少した。平成17年以降、減少傾向だったが、今回、調査が始まった大正9年以降、最も高い人口減少率となった。

隣接する和歌山県の人口も前回比3.8%、3万8348人の減少だった。同県では、平成12年以降、減少が続き、今回、昭和30年の調査以来保ってきた100万人の大台を割り込み、人口は計96万3850人となった。人口が増加したのは、岩出市など県内30市町中、わずか3市町に止まっている。

*トップ画像:高層マンションそばのベンチに設置された老人像©山口敦

 (「死に至る病」と関西 その2に続く。全3回)


この記事を書いた人
山口敦産經新聞大阪本社 社会部次長

平成7年、産経新聞入社、松江支局配属。12年から大阪社会部。高槻通信部、南大阪(動物園)担当、大阪府警捜査一課担当、大阪府庁担当、大阪市役所担当、府警担当サブキャップ、府庁キャップ、京都総局デスクなどを経て現大阪社会部デスク。大教大附属池田小の児童殺傷事件やJR福知山線の脱線事故、地方自治、人権・同和問題取材などを担当。20年、取材班とともに「生活保護が危ない~『最後のセーフティーネット』はいま~」(扶桑社新書)を出版した。

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山口敦

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