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.国際  投稿日:2016/3/27

DC日本大使館、チャイナ・スクール不在の怪 


     古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

ワシントンの日本大使館からチャイナ・スクールが消えた!

こんな現象が起きた。その意味を説明しよう。

日本外交にとって最重要な国はどこか。どの国も重要ではあるが、現実にはやはりアメリカだろう。日本が自国の防衛を頼る同盟国、そして世界でも唯一の超大国だからだ。

では二番目に重要な国はとなると、やはり中国ではないだろうか。アメリカとは異なった意味で日本の国運を左右しうる国である。とにかく日本は中国との間で領有権紛争を抱えている。日本側からすれば紛争など存在しないのだが、中国が勝手に日本固有の領土の尖閣諸島を自国領だと宣言して、強引に領海侵犯などを続けるのだ。

こうみてくると、アメリカと中国との関係はこれまた日本にとって超重要となる。米中関係の動きが日本を激しく揺さぶるのだ。その意味でワシントンでの日本外交は単にアメリカの動向を追うだけでなく、そのアメリカと中国のせめぎあい、さらには中国の対米外交のあり方を追うことが不可欠となる。だからこそワシントンの在米日本大使館にはここ数十年、中国を専門とする外交官が配置されてきた。

日本の外交官で出発時から専門の外国語として中国語学習を命じられ、まず2年間、中国で言葉や習慣を実地に学ぶ人たちがいる。国家公務員の総合職だけでみると、毎年数人である。この外交官たちがチャイナ・スクールと呼ばれる。

その通称チャイナ・スクールは職務の主対象はあくまで中国だが、他の諸国にももちろん派遣される。本省で中国とは直接の関係のないポジションにも就けられる。もともと優秀な人たちだから中国以外の対象でも仕事は立派にこなす、というわけだ。

ワシントンの日本大使館は日本から送られてきた総合職の外交官だけでも常時100人以上、外務省だけでなく経済産業省、財務省、文科省など他の省庁からの要員も多い。そんななかで外務省出身のチャイナ・スクール外交官がワシントンでの中国がらみの動向を追い、アメリカの対中政策をも把握するという枢要の任務をゆだねられてきたわけだ。だがそのチャイナ・スクールがこの4月以降はゼロになってしまうという未曽有の事態が起きたのである。

在米日本大使館でもこれまで特命全権公使の泉裕泰氏がチャイナ・スクールだった。このポストは組織上、大使に次ぐナンバー2、次席公使とも称される。泉氏はチャイナ・スクールの主流中の主流である。中国語の研修を受け、北京の日本大使館政治部長、本省の中国課長、上海の総領事などを歴任し、2013年夏に赴任したワシントンでも拡大する中国の動きを細かに追ってきたようだ。だが泉氏が離任すると、在米日本大使館にはチャイナ・スクールの外交官は皆無となってしまうのである。

同大使館にはチャイナ・スクールでなくても中国在勤の経験者もいるから中国関連の動向を効率よく追うことはできるだろう。だが中国語を駆使して、中国を熟知して、というチャイナ・スクールの機能ぶりとはどうしても異なってくる。

このチャイナ・スクール・ゼロの状況はこれまでの在米日本大使館の人事からみると奇異でもある。これまでは政治や経済のセクションに複数のチャイナ・スクールがいるのが普通だった。公使クラスでも、大使の秘書官でも、そうだった。次期の中国駐在大使に内定したチャイナス・スクール長老の横井裕氏が二度もワシントン勤務をしたのもその代表例だった。

いまこそワシントンでの中国ウォッチが重要なのになぜこんな現象が起きるのか。大使館の上層部に直接にその疑問をぶつけてみたが、明確な答えはなかった。やはり日本外務省の単なる年功序列の硬直人事、柔軟性や機動性の欠落人事という印象だけが残るのだった。

 


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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