岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
今世紀最大級の金融スキャンダルといわれる「パナマ文書」で、国際社会の北朝鮮に対する経済制裁が効いていないことが明らかになった。
英国屈指の北朝鮮専門家であるジャック・ハンズ氏が、外交評論サイト『ザ・ディプロマット』に4月6日付で寄稿した論評によると、英国の実業家ナイジェル・コウィーがパナマに設立したペーパーカンパニーのDCBファイナンスが、国連安保理の制裁決議に違反し、北朝鮮に代わって武器購入を行っていた事実が、「パナマ文書」により発覚した。
ハンズ氏は、「制裁は北朝鮮の核武装の野望を抑制できなかったばかりか、同国のエリートの蓄財も止められなかった。『パナマ文書』は、抗うことのできない交易とマネーの誘惑が、通常チャンネルを通して満たせない場合、ブラックマーケットにより深く潜入するだけだということを示した」と述べ、次のような驚くべき結論を導く。
「北朝鮮の指導部を弱体化させるには、制裁を課すより、同国との国際交易を増大させるのが効果的だ」。
国際社会は、従来の北朝鮮封じ込め政策をやめ、和解しろというのである。
オバマ米大統領に極めて近い側近・顧問のマーク・リッパート駐韓大使も3月11日、韓国メディアに対して注目の発言をしている。3月13日付の日本語版『ハンギョレ新聞』によると、リッパート氏は、「オバマ政権がイラン、キューバ、ミャンマーなど(旧敵対国)との複雑な問題を、外交を通して解決した」と前置きしたうえで、「北朝鮮指導部に熟考してほしい」と注文したのである。
北朝鮮が核実験やミサイル発射で米国の注目を引こうと涙ぐましい努力を重ねる中、リッパート大使はそれに呼応し、米国が北朝鮮と和解する可能性を示唆したのだ。
さらに4月5日、元米国務省の核拡散防止担当であったエリック・ターズオロ氏が外交評論サイト『ナショナル・インタレスト』に寄稿し、最近の米・キューバ和解に触れ、「我々の北朝鮮に対するアプローチに欠けていたのは、相手を尊重し、安心させる態度だったかも知れない。北朝鮮側から見れば、我々は北朝鮮より最近敵対関係になったキューバやイランとすでに和解したのに、かなり昔に休戦した北朝鮮に平和条約を与えることを拒否してきた」と分析。
その上でターズオロ氏は、「北朝鮮との和解は、米外交史において、イランやキューバとの和解以上にあり得ない話なのだろうか」と問いかけ、「キューバの死にかけているカストロ(議長)兄弟や、イランの宗教指導者に比べ、若くダイナミックな金正恩と取引する方が、米外交の未来がある。米国は、冷戦時代の古い考えを捨て去るべきだ」と主張した。こうした動きが目立ち始める今、我が国が米朝接近の動きに取り残され、懸案の日本人拉致被害者早期救出の機会を失ってはならない。
米朝が日本の頭越しに交渉を始める前に、米国に対し、「北朝鮮が喉から手が出るほど渇望する米朝平和条約の締結には、北が拉致した日本人被害者が、金王朝の秘密を知っている者や朝鮮人の家族も含め、全員日本に帰国することを必須条件にする」ことを約束させねばならない。
米国の確約を取り付けることに失敗すれば、米国に見捨てられた日本人拉致被害者が事態の進展から取り残され、永遠に救出できない可能性がある。
日本は機先を制し、拉致被害者の全員帰国を、米朝平和条約の最初の必須ステップと位置づけさせなければならない。そして、日米朝の包括的和解を日本が主導・演出することで、北朝鮮の核弾頭を廃絶するのではなく、日米の対中戦略に利用することを米国に提案し、実現すべきだ。
中国を、「北朝鮮に対して唯一意味のある影響力を行使し得る国」の地位から引きずり下ろし、日米に代わって北の核と向き合うコスト増を強いるのだ。潜在的に北京や上海に向く北朝鮮の中長距離核ミサイルで、習近平政権が大陸と海洋の二正面において仮想敵と軍事的対峙をせざるを得なくする。その第一歩が、拉致被害者の全員帰国にかかっている。