英米、対中政策に変化の兆し
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー(2016年5月16日-22日)」
先週は中国関係で興味深いニュースが二つあった。一つ目はロンドン発の笑うに笑えない話。5月10日、エリザベス女王が習近平国家主席訪英の際の中国側対応を「無礼」と切り捨てたのだ。場所はバッキンガム宮殿での園遊会、女王は英側警備責任者に対し中国側は「非常に無礼だった」と述べたという。
報道によれば、女王の発言は4回。件の警備責任者に「運が悪かったわね」、「話は聞いています」、「中国側は(在北京英)大使に非常に無礼でした」、(中国側が訪問中止を仄めかしたことに対し)「とんでもないこと」と述べている。随分思い切ったことを言うものだと感心した。勿論、日本では考えられない。
中国外交部は、「中英両国は訪英成功を高く評価している」と述べる一方で、「誰が映像を流したのか」などと苛立ちを隠さなかった。中国側は英政府が意図的に情報をリークしたと疑っているのだが、園遊会では英王室の侍従長が件の警察幹部に対し、「自分の体験を(女王に)話したら」とわざわざ促している。
テレビカメラが回っていることは承知の上だから、この侍従長、確信犯かもしれない。それだけではない。中国側はレッドカーペットの長さが足りない等と難癖をつけたり、通訳と称し女王と習主席が乗る馬車に「スパイを送りこもうとした」とも報じられた。今後も中英関係はギクシャクし続けるだろう。
二つ目は13日に発表された米国防省の「中国の軍事・安全保障情勢」に関する対議会年次報告だ。改めて読んでみると、米国防省の対中政策の本質が判り易く書かれている。同報告書に関する記者ブリーフを行った国防次官補代理の発言が最も判り易いので再録しよう。
「米国は、中国と相互利益ある分野では協力するが、中国との競争を力の立場から(from a position of strength)管理し、誤解や誤算のリスクを減らす努力を行う。・・・米国のアプローチはリスクの減少、共通の土台の拡大、及び、軍事的優位の維持(maintaining our military superiority)に焦点を当てる。」
要するに、米国は中国が軍事的優位に立つことを拒否し、あくまで力の立場から競争するつもりなのだ。国防省に関する限り、今後対中政策が軟化する可能性は低いだろう。あのオバマ政権ですら、末期には中国に対する政策から楽観論が消えつつある。米国の次期大統領の対中政策には大いに関心がある。
〇欧州・ロシア
欧州は相変わらずだ。17-19日にはフランスで労働関係制度改革に反対するデモが行われる。17日にはウイーンで国際シリア支援グループ会合が開かれる。19日にはウクライナ・EU首脳会議が開かれる。しかし、会議は踊るだけで何も決まらない。欧州の意思決定は本当に時間がかかる。
〇東アジア・大洋州
20日には台湾総統の就任式がある。オバマ大統領が21日からベトナム訪問後に訪日し、G7首脳会議と広島訪問を行う。日本の一部には今も米国が謝罪すべしとの声があるようだが、成熟した日米両国間で謝罪を議論する実益はないだろう。重要なことは、日米間で和解プロセスが今も進んでいるということ。昨年の安倍首相による米議会演説、70年談話、日韓合意と今回の米大統領の広島訪問は一連の流れだ。
〇中東・アフリカ
トルコでは政権与党が臨時党大会を22日に開き、ダウトオール首相が党首(すなわち共和国の首相)を退任する。この首相、外相時代は変わった政治家だなと思ったが、今やエルドアン大統領に正論を吐く骨のある政治家になったのか。それとも単に権力闘争に敗れただけなのか。
〇アメリカ両大陸
トランプ候補とライアン下院議長との会談は「起死回生」打とはならなかった。議長は未だトランプ支持を表明していない。ではヒラリーの楽勝かと問われれば、そこも良く判らない。
16日のワシントンポストは、自己満足、失言、人気のなさ、起訴の可能性、秘密主義、副大統領候補選択の失敗など、ヒラリーが敗北しかねない理由を12も挙げている。まだまだ勝敗の行方を占うのは早過ぎるようだ。
〇インド亜大陸
21-22日にインド首相がイランを訪問するのが気になるといえば気になる。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。