「外交は内政の延長」―メディアの振る舞い批判に潜む課題
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#48
2024年11月25日-12月1日
【まとめ】
・外交は内政の延長であり、石破首相の国際会議での振る舞いも国内の政治状況が影響しているため、批判はその背景を考慮すべきである。
・日本のメディアは政策よりも首相の振る舞いに焦点を当てがちで、偏った批判が目立つ点が課題となっている。
・停戦は外交ではなく戦場の状況によって決まり、ヒズブッラが停戦を決定したのは組織壊滅の危機感が背景にあると考えられる。
クラウゼヴィッツ的な表現をお許し頂ければ、「外交は内政の延長」なのだとつくづく思う。これは最近の石破茂首相のAPEC、G20首脳会合出席に関する日本での報道を見聞きして感じたことだ。相変わらず、日本メディアの首脳外交報道は旧態依然、「政治部記者」による「国内政局視点」がどうしても抜けないのだ。
今回の中南米出張の内容は、冷静かつ公平に見て、「可もなく、不可もない」という意味で「まあまあの出来」だったと思う。だが、予想した通り、日本のメディアやSNSでは石破首相の「振る舞い」に対し厳しい批判が噴出した。ちなみに、筆者はいつもの通り、官邸に「ヨイショ」する気など全くないので、念のため。
外交とは、結局は「外国人との交わり」という種類の人間関係だから、人によってスタイルが異なるのは当然。しかし、今回のように、日本の総理が「何を言い、何を聞いたか」ではなく、テレビカメラに映った「振る舞い」ばかりを取り上げて批判的に報ずる姿勢は如何なものか、と思う。今回多くのメディアで問題視されたのは:
- 会合前は、各国代表と座ったまま握手
- 歓迎レセプションでは、腕組みをしながら鑑賞
- 閉幕集合写真撮影には、事故渋滞に巻き込まれた影響もあり、欠席
- 会議場では、1人でスマホを触っていた
- 通常は右手で握手をするところ、両手を添えた
などである。
これらに対しては:
- 国際会議では、初出席の総理大臣が挨拶に回るべし
- 外国首脳とは席を立って握手すべきだった
- 首脳会談の握手は右手だけ、というのが外交のルール
- 両手で握手すると下手に出ているように見える
- 国の代表としてマナー、教養、品性を欠いていた
- 周囲は外交上のマナーをレクチャーすべきだった
- 挙句の果てに、トランプと会えなかった
などなど、厳しい声が噴出した。批判したのは、首脳外交の現場を見たこともない評論家や政治部記者が多かったが、「よう言うわ!」というのが筆者の率直な気持ちだ。誤解を恐れず言えば、今回日本の首相が国際会議の場でもスマホを手放せなかったのは、「103万円の壁」などをめぐり国内政治情勢が緊迫していたからだ。
昔なら、首相の海外出張中、この種の内政問題は、官房長官か党の幹事長が仕切り、各派閥の意見も聞きながら、節目節目で首相に報告・相談すれば良かった。ところが、今回はこの自民党の意思決定プロセスが機能しない。恐らくは生の情報が直接首相に上がり、首相が何らかの判断を求められていたのだろう、と邪推する。
冒頭筆者が「外交は内政の延長」と書いた理由はこれだ。「外交では右手の握手がルール」?普通はそうかもしれないが、首脳レベルの握手に厳格なルールがあるとは思えない。当の石破首相もカメラから向かって右側に立つときは右手で握手していた。アラブ諸国だったら、男性同士は握手よりも両頬にキスをするのが普通だろう。そもそも、トランプに会えなかったというが、今トランプに会える人は逆に「問題がある」という時代だ。もうアホらしいからこれ以上は書かない。
それにしても、石破首相は「ここまで嫌われている」のかと思う。問題がないとは言わないが、あまりにバランスを欠いた批判をすれば、逆に、批判する側の品位が問われることも忘れないでほしい。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
11月26日 火曜日 NATO・ウクライナ委員会、ロシアの新型ミサイル発射を議論
キルギス大統領訪独、独首相と首脳会談
NATO事務総長、ギリシャ訪問
カナダのノヴァスコシア州議会、解散総選挙
11月27日 水曜日 ナミビアで議会選挙
スウェーデンで、北欧・バルト海諸国首脳会議開催
地中海諸国対話会合、閉幕(イタリア)
11月28日 木曜日 カザフスタンでCSTO(Collective Security Treaty Organization集団安全保障条約機構)加盟国首脳会議開催
11月29日 金曜日 アイルランド議会の総選挙
11月30日 土曜日 アイスランド議会で前倒し選挙
12月1日 日曜日 ルーマニアで議会選挙
12月2日 月曜日 イスラエル首相、不正容疑につき議会証言
米大統領、アンゴラ訪問(3日間)
最後はいつものガザ・中東情勢だ。今週ようやくイスラエルとヒズブッラの停戦が実現しそうである。戦闘は主としてレバノン南部やベイルートで続いていたが、戦況はイスラエルの圧勝であり、ヒズブッラもガザのような状況は回避したかったのだろう。ハマースとは異なり、以前からヒズブッラは停戦を求めていたとも報じられていた。
いつも書いていることだが、戦争の帰趨は外交では決まらない。戦争の帰趨は戦場で決まるものだ。具体的に言えば、交戦者の一方または両方が「負けそうだ」と感じた時、初めて交戦者は真面目に停戦協議を行う。それでも、一方が「もっと勝てる」と思えば、停戦には至らない。これが筆者の考える「戦争と停戦の法則」である。
この法則に従えば、今回はヒズブッラ側が「これ以上戦ったら組織が壊滅する」と思った、ということだろう。イスラエル側は少なくとも11月5日までは停戦する気などなかっただろうが、トランプの勝利で停戦した方が有利だと考えたのか。本当の敵はイランであり、武器弾薬補給も必要だし、当面はハマースを叩き続けるつもりだからだろう。
ヒズブッラは単なるテロ組織ではない。レバノン国内にはヒズブッラの政治組織があり、国内政治をしっかりやっている。ここでも「戦争は政治の延長」「外交は内政の延長」なのだろう。今は、トランプ政権側が何も言わないことの方が、筆者にとってはよほど不気味である。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
写真)カナダのトルドー首相と挨拶する石破総理(2024.11.15 ペルー リマ)
出典)首相官邸ホームページ APEC首脳会議及び各国との首脳会談 -1日目-