オバマ大統領の孤独の深さ
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
バラク・オバマ大統領はいまワシントンで孤独となった――
中国でのG20サミットなどに出席するために任期中の最後のアジア訪問の途についたオバマ大統領は、いまやワシントンで一人ぼっちになってしまったという厳しい論評が発表された。
ワシントン・ポストのコラムニストで民主党系のベテラン・ジャーナリストのファリード・ザカリア氏が9月2日の同紙に寄稿した論文である。オバマ大統領のこの「孤独」はとくにアジア政策に関してであり、このままだと同大統領はアジア政策でも失敗だったという歴史の酷評を受けかねないというのだ。
オバマ大統領は8月31日、アジア訪問のためにワシントンを離れた。同大統領のアジア訪問は2009年1月に就任してからこれで11回目、同時に最後のアジア訪問となる。周知のようにオバマ氏は外交面で「アジアへの旋回(ピボット)」を早くから唱え、アジアとのきずな強化に最重点をおくとしてきた。
だがこのザカリア氏の論文は「『アジアへの旋回』に欠かせないのは環太平洋パートナーシップ(TPP)という自由貿易協定のはずだが、ワシントンでそのTPPをプッシュするのはもはやオバマ大統領一人となってしまった」と述べるのだ。そのうえで同論文はTPPはもう民主党の大統領候補のヒラリー・クリントン氏、共和党の大統領候補のドナルド・トランプ氏にそろって反対されるだけでなく、共和党リーダーの下院議長ポール・ライアン氏や民主党左派のバーニー・サンダース上院議員からも難色を示されるようになったことを指摘していた。
つまりアメリカの国政ではTPPには超党派の反対がぶつけられるようになったというのだ。とくに11月に投票が実施される大統領選挙では民主、共和両党の候補者が足並みをそろえて、TPPに反対である現実はきわめて深刻だという。
ザカリア論文はさらに以下の点を結論として強調していた。
「共和党は移民と貿易という二つの主要政策について核心の信念をすっかり逆転させてしまった。開放から障壁と関税という立場への逆転である」
「オバマ大統領は『アジアへの旋回』によってアメリカの最も深く、最も永続する利益を追求してきた。だがいまや同大統領はその追求ではワシントンでは一人ぼっちになってしまった。ワシントンはいま大衆迎合主義、保護主義、孤立主義の波に洗われているのだ」
つまりTPPの挫折は「アジアへの旋回」策の挫折、さらにはオバマ大統領のアジア政策全体の挫折になるという意味である。すっかり孤独になって、ホワイトハウスを去るオバマ大統領は8年前にアメリカ国民の大人気を得て、白馬にまたがる王子のように、首都に乗り込んできたあの英姿とは、なんと変わり果てたことだろう。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。