「アメリカの分断はリベラル派が起こした」~安倍晋三氏の見解~
執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【本稿のポイント】
・安倍晋三氏は生前、「トランプ氏が分断を生んだのではなく、オバマ政権下でのリベラル派の姿勢がアメリカの分断を生み、その反動としてトランプ氏が支持された」との見解を示していた。
・筆者はこの見解に共感を示し、レーガン以降の保守とリベラルの政権交代の歴史を振り返りつつ、リベラル派が保守派を見下す傾向が分断の一因だったと分析している。
・安倍氏との対話では日本にも同様の傾向があると一致した一方、日本では意見の相違はあっても米国のような深刻な国内分断には至っていない点が指摘されている。
本稿では、故安倍晋三氏が生前語っていた「アメリカの分断はトランプ氏ではなくリベラル派が生んだ」とする独自の見解を紹介し、その背景にあるオバマ政権下でのリベラル派の統治姿勢と保守派の反発について整理する。産経新聞編集委員・阿比留瑠比氏のコラムを起点に、レーガン以降の米政治史における保守・リベラルの攻防を振り返りながら、ジャーナリスト/麗澤大学特別教授の古森義久氏が、日米に共通するリベラル派の傾向と、両国の分断の度合いの違いを読み解く。(Japan In-depth編集部)
◆アメリカの分断を生んだのはトランプ氏かリベラル派か
「アメリカではトランプ氏が分断を生んだのではなく、米社会の分断がトランプ大統領を生んだ。そしてその分断をつくったのはリベラル派であり、オバマ大統領の任期の8年間だ」
この言葉は故安倍晋三首相のアメリカ分析だった。安倍氏がこの見解を述べたのは2021年1月13日、衆議院議員会館でアメリカ大統領選挙とアメリカ社会のあり方について語った際だった。この逸話を産経新聞政治部編集委員の阿比留瑠比記者が報じていた。産経新聞7月9日朝刊のコラム記事である。
ちょうどこの時期、日本の主要新聞はアメリカの建国250周年の独立記念日7月4日に合わせて、大々的なアメリカ特集を組んでいた。それらの多数の記事の核心は「トランプ大統領がアメリカの分裂を深めた」という見解だった。長年の保守とリベラルの対立でも、近年はとくに保守派のトランプ氏の統治によってアメリカ国内の分断や分裂はますます激しくなった、とする見解だった。
しかし安倍氏はこうした見方とはほぼ反対の認識を語っていたのだ。阿比留記者のこの記事は安倍氏の直接の言葉として、以下の骨子をも紹介していた。
「オバマ大統領の任期中に進んだアメリカ国内の分断は2021年1月からの民主党バイデン政権の下でもさらに続くだろう。そもそも(オバマ氏やバイデン氏のような)リベラル派は上からの目線で保守派の意見を劣ったものとみなし、抑圧する。リベラル派は自分の考えに疑問を持たず、反省しない」
「オバマ政権下ではリベラル派がわれらこそ正義とばかりにポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)を過剰に振りかざした。その中で保守派は居場所を失い、意見を隠して疎外感を味わい、リベラル派の偽善を排するトランプ氏の出現を歓迎し、熱狂した」
◆なぜリベラル派の統治が保守派の反発を招いたのか
以上のような見解はワシントンに1970年代から駐在し、とくに民主党系のリベラリズムが民主党ジミー・カーター大統領時代に大きく後退し、1981年から「力による平和」や「小さな政府」を唱える共和党ロナルド・レーガン大統領の保守主義の拡大を目撃した私も共感するところ大である。しかしこの保守主義も1993年の民主党ビル・クリントン大統領の出現でやや後退し、さらに2013年からの民主党バラク・オバマ大統領の登場で大幅に排され、過激とも呼べるリベラリズムが広がったのだ。その長いプロセスでは確かに安倍氏が指摘したように、リベラル派は自分たちが知的にも道義的にも、保守派よりも数段上にあるという態度を見せてきた。
そうしたリベラル派の傑出した指導者がオバマ大統領だともいえた。そのオバマ大統領が改めて保守派の基本政策をつぎつぎと否定し、排除し、アメリカ本来の歴史や伝統をも軽視するリベラルの統治や倫理を打ち出した。貧しく弱い階層への社会福祉の支援をとくに重視した。だがその結果、政府の援助を必要とするほどは貧しくない、しかもアメリカの伝統的な価値観を信奉する中間層がその過激なリベラリズム統治に反発した。その階層が保守主義へと傾き、ドナルド・トランプ氏を保守派大統領として選んだのだった。
この阿比留記者のコラム記事は同記者自身が安倍氏との会話で意見を一致させた諸点について以下のように書いていた。
「安倍氏とは、リベラル派が自分たちとは異なる物の見方や主張、多様な見解をむしろ封じたがることや、それは米国だけでなく、日本も共通だとの考えで一致した」
◆日本の分断は米国と何が違うのか
つまり日本でもリベラル派は自分たちが保守派よりも知見や道義という面で高所にあるとみなし、保守派をみくだす傾向があるという指摘だった。だがこの日本の状況がアメリカと異なる最大の特徴は、日本では国内の意見の大きな分断や分裂が起きていない、という点だろう。意見の相違こそあるが、リベラル派、つまり左派の政策主張は明らかに国民多数派の支持を失い、国内の分裂、分断と呼べるほどの伯仲の対立は生んでいないといえるからだ。
この点、当のアメリカでも保守とリベラルが五分五分で対立しているとはいえないだろう。いまのリベラル派の内情をみると、民主党内では社会主義者を自称するバーニー・サンダース上院議員やイスラム教徒のゾーラン・マブダニ・ニューヨーク市長らの超過激派が力を得て、同じ民主党リベラル陣営の中道派や穏健派との対立を深め、リベラル派内部の分裂や分断を生んでいるようにもみえるからだ。
【よくある質問(FAQ)】
Q1:ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)とは?
A:人種・性別・宗教などに関する差別や偏見を含む表現を避けようとする考え方や運動。
Q2:「力による平和」「小さな政府」とは?
A:ともに共和党の伝統的な保守主義の政策理念。「力による平和」は強い軍事力を背景に抑止力を保つ外交安保方針、「小さな政府」は政府による市場・福祉への介入を抑え、民間の自由や自己責任を重視する経済思想を指す。レーガン大統領が掲げたことで知られる。
Q3:バーニー・サンダース、ゾーラン・マムダニとは?
A:ともに民主党内の急進左派(社会主義的な政策を志向する政治家)。サンダース氏は上院議員として過去2度の大統領選予備選で若者らの支持を集めた。マムダニ氏はニューヨーク市長で、イスラム教徒として注目される急進左派の代表格。両者の台頭は、民主党内の中道派・穏健派との路線対立を深めているとされる。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
■シリーズ紹介
本稿は古森義久氏による「内外透視」シリーズの一編です。
トップ写真)オバマ大統領、ハワイで安倍晋三首相と会談 ハワイ州ホノルル – 2016年12月27日
出典)Kent Nishimura/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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