米イラン停戦破綻、ロシア財政悪化──2026年7月の世界情勢を総点検する
執筆:宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#28
2026年7月13-19日
【本稿のポイント】
・米イラン停戦の事実上の破綻や主要国の外交動向など、最新状況を整理しながら、今後の安全保障環境にどのような影響が及ぶかを考察。
・ロシア財政の赤字縮小という一見前向きな指標の裏側にある構造的課題を、複数のロシア主要紙の分析を通じて読み解く。
・中東情勢の緊迫化と米国外交の迷走がどのように世界の安全保障環境を揺るがしているのかを俯瞰し、今後のリスクと展望を解説する。
本稿では、米イラン停戦の事実上の破綻、筆者に届いた「なりすましメール」問題、ロシア財政の最新分析、さらに中東情勢の緊迫化など、2026年7月の国際情勢を多角的に整理する。キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏 が、直面する情報環境の変化と、主要国の政策動向を俯瞰しながら、今後のリスクを読み解く。(Japan In-depth編集部)
残念ながらというか、予想通りというか、6月17日に米イラン間で「署名」されたMOU(了解覚書)ならぬMOMU(誤解覚書)は先週、事実上破綻し始めた。前回は「故ハーメネイ最高指導者の葬儀がある」ので、この時ぐらいは「意外に停戦が守られる可能性も高い」などと書いてしまったが、現実はそれほど甘くはなかったようだ。
♦筆者になりすました偽メールは何を狙っていたのか?
イラン情勢に関する話は最後に書くとして、今週は「お詫び」から始めよう。「お詫び」と言っても、筆者がドジった訳では必ずしもない。先週、あるご親切な方からメールを頂き、7月2日に宮家の「なりすまし」アドレス(miyake.kunihiko@biglobe.ne.jp)から以下のメールを受信した、と教えて下さったのだ。以下はそのメールの全文である。
件名:【意見交換のご相談】ロシア情勢および安全保障に関する意見交換のお願い(キヤノングローバル戦略研究所 宮家邦彦)
本文:
●●〇〇先生、
突然のご連絡にて失礼いたします。
キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)の宮家邦彦でございます。
●●先生におかれましては、ロシア・旧ソ連諸国の政治、ならびに政軍関係における精緻なご研究において、日々精力的にご活動のことと存じます。
日頃より先生の論考や研究成果を拝読し、その深い洞察力に大変感銘を受けております。
現在、ウクライナ情勢の長期化に伴うロシアの内政・軍事動向は、インド太平洋地域、ひいては我が国の安全保障環境に直結する極めて重要な局面を迎えております。
私どもキヤノングローバル戦略研究所におきましても、日々国際情勢の分析を進めておりますが、
この度、ロシアの政軍関係の第一人者であられる●●先生の最先端のご知見をぜひ拝借したく、ご連絡を差し上げました。
つきましては、一度オンライン(Zoom等)あるいは都内にて、1時間ほど現在のロシア情勢や安保環境について、情報・意見交換をさせていただける機会を頂戴できませんでしょうか。
大変ご多忙の折、突然のお願いで誠に恐縮ではございますが、もしご都合のよろしい日時がございましたら、いくつかの候補をいただけますと幸甚に存じます。
まずは略儀ながら、メールにて意見交換のご打診を申し上げます。
●●先生のますますのご健勝とご研究のご発展を心よりお祈り申し上げます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
宮家 邦彦
うーーん・・・、一読するだけで筆者のメールでないことは明々白々。こんな美しく丁寧な、しかもどこか「日本人離れした」日本語、筆者にはとても書けないからだ。幸い、このメールには「添付ファイルあるいは文中リンク等無し」だそうなので、実害はなかったと信じたい。早速筆者は「『なりすまし』メールが出るほど『名が売れた』と己惚れるべきか、それとも『これで一層悪名が広がった』と見るべきか・・・いずれにせよ、実に悩ましい、残念な事態ですが、迅速にご連絡を賜り感謝申し上げます」とお礼を申し上げた次第である。
万一、皆様方にもこんなメールが送られてきたら、即刻削除をお願い申し上げる。
それでも、当時は「筆者の名前を使うなんて暇な人もいるんだなぁ」ぐらいにしか思わなかった。しかし、実際には、これだけでは済まなかった。偶々なのか、同じ日に次のような「警告メール」が筆者に届いたからである。以下はその全文だ。
Microsoft 365 アカウント
新しいアプリがお客様のデータにアクセス可能です
誰かがMicrosoft アカウント k*******@*****.com に 新しいアプリが接続されました。
このアクセスを許可していない場合は、アカウントからアプリを削除してください。
これがあなたである場合は、このメールを無視していただいて大丈夫です。
それ以外の場合は、悪意のあるユーザーが自分のアカウントにアクセスできる可能性があります。
アプリを削除 オプトアウト することも、セキュリティ通知を受け取る場所を変更することもできます。
サービスのご利用ありがとうございます。
Microsoft 365 アカウント チーム
プライバシーに関する声明 | プライバシーに関するお問い合わせ
Microsoft Corporation, One Microsoft Way, Redmond, WA 98052
これも良く出来ているが、時々送られてくるもので、よく読めば「スパム」であることは明白、何とか事なきを得た。ところが、である。実は、この数日間で更に気になることが起きた。詳細は控えるが、少なくとも2人の外交安全保障の専門家に「なりすました」スパムメールが友人、知人たちに届いたとの連絡を頂いたからだ。
ここまで来ると、偶然とは考えにくく、何らかの「組織性」すら感じてしまうのだが・・・。
♦米上院議員グレアム急逝は米外交にどんな影響を与えるのか?
ちなみに、筆者にとって今週最もショックが大きかったのは、スパムメールではなく、ある米上院議員の急逝だった。米与党・共和党でロシアや中国、イランに強硬な「タカ派」で知られる重鎮リンゼイ・グレアム(Graham)上院議員が11日に急死したからだ。同上院議員の死は、筆者にとって一つの時代の終わりを象徴する事件だった。
今でこそ、トランプ氏に極めて近いことで有名なGraham議員だったが、一昔前は、ジョン・マケイン議員(アリゾナ州選出・共和党)、ジョー・リーバーマン議員(コネチカット州選出・民主党のちに無所属)と共に、米上院の「スリーアミーゴス(Three Amigos)」の愛称で呼ばれた、タカ派ながらも極めてバランスの取れた政治家のグループの一員で、多くの人々に慕われていたからだ。
この3人は所属政党の垣根を越えた強い友情で結ばれていた。タカ派の外交政策と米国の強い安全保障という共通の信念があり、その立場から世界の紛争地域へ何度も共に視察に訪れるなど、かつて米外交政策に大きな影響を与えた名物トリオだった。この3人の元側近たちの中には今米国で大活躍している人材が少なくない。
そのGraham議員が2024年に「反トランプ」から「親トランプ」に舵を切ったことには正直失望したが、今考えてみれば、彼はそうすることで「トランプ政権」を少しでも矯正しようとしたのかもしれない。今のような時代こそ、スリーアミーゴスが必要なのだが、逆に彼ら全員の退場こそが今の米国外交の迷走を象徴しているのだと思う。合掌。
♦ロシア財政は本当に改善しているのか?最新データは何を示すか?
さて次は、吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は一か月ぶりで、同研究員がまとめた「赤字幅縮小もロシアで続く厳しい財政状況――ロシア・メディアから」を以下の通りご紹介する。筆者も最近のロシア経済には関心が高いので興味深く読んだ次第である。
7月9日、ロシア財務省が発表した予算執行速報によると、6月単月ではロシアの財政収支は2,800億ルーブルの黒字となり、1~6月の累積財政赤字も前月末の6兆ルーブルから5兆7,000億ルーブル(約12兆円)へと縮小した。ただし、これは2026年通年の財政赤字目標(3兆7,800億ルーブル)の約1.5倍に相当し、依然として厳しい財政状況が続いている。
2月末に始まった米・イラン紛争を受けて原油価格は一時急騰し、ロシアでも財政改善への期待が広がった。しかし、ロシアの主要紙は、原油高は6月の財政改善に一定程度寄与したものの、ルーブル高や税収への反映のタイムラグ、高水準の歳出などが重なり、その効果は限定的だったと分析している。また、ロシア・メディアではほとんど触れられないものの、ウクライナによるロシア国内の石油関連施設への攻撃も影響していると考えられる。
◆「6月に財政赤字が縮小した要因とは~年末時点の財政赤字は5兆~7兆ルーブルに達する見通し」7月10日、ヴェドモスチ紙(要約)
ロシアの財政赤字は、2026年に入って初めて縮小に転じた。専門家は、年初から続いていた歳出の前倒し執行の影響が徐々に薄れてきたことが一因だと分析している。
また、6月には非石油・ガス収入が前年同月比26.8%増の3兆1,000億ルーブルと大幅に増加し、財政赤字の縮小に寄与した。その背景には、今年1月1日に実施された付加価値税(VAT)の税率引き上げに加え、それ以前に行われた高所得者向け所得税や法人税率の引き上げがある。
石油・ガス収入も6月には改善し、同月の財政黒字に大きく貢献した。しかし、上半期全体では前年同期比22.7%減となった。専門家は、その理由として、ルーブル高や原油価格が税収に反映されるまでのタイムラグなどを挙げている。特に、ルーブル高だけで石油・ガス収入が1兆5,000億~2兆ルーブル押し下げられたとの試算も示された。
一方で、歳出は依然として前年を大幅に上回るペースで増加しており、財政赤字は当初計画を大幅に上回って推移している。専門家は、2026年末の財政赤字は約5兆~7兆5,000億ルーブル(GDP比2.5~3.5%)に達すると予測している。
◆「ロシアの予算はいまだに原油価格の乱高下に翻弄――ウラル原油価格は政府想定価格を下回る」7月9日、独立新聞(要約)
ホルムズ海峡での危機の高まりを受け、再び原油価格が上昇基調にある。こうした原油価格の乱高下は、ロシア経済にとっては国家予算の先行きが見通せない状況を意味する。
連邦予算の石油・ガス関連収入は、2026年1~6月に前年同期比で約23%急減した。財務省は、主としてその前の時期における原油価格の下落によるものだと説明している。
一方、非石油・ガス収入の増加によって石油・ガス関連収入の落ち込みはある程度相殺されたが、1~6月の歳出が前年同期比16%増となるなか、予算全体の均衡を維持するに至らなかった。
ロシアの歳入全体に占める石油・ガス収入の割合は、10年前には50%を超えていたが、徐々に減少し、現在は19.7%にまで低下している。しかし、歳入構成上は石油依存が低下したように見えても、実際にはロシア経済は依然として「石油依存」から脱却していない。ロシアの予算は、結局のところウラル原油価格を前提に編成されているからだ。
その原油価格は、国際指標であるブレント価格に加え、ロシア産原油に課される大幅な値引き、輸出量、さらにはルーブル相場など複数の要因によって決まる。例えば、2026年度予算は、ウラル原油価格が1バレル当たり5,400ルーブルを超えることを前提に編成されたが、実際には、2026年1~6月の平均価格は5,200ルーブルを下回った。
ロシアでは財政ルールも原油価格を基準に設計されており、価格が基準を上回れば国民福祉基金に積み立て、下回れば基金を取り崩す仕組みとなっている。こうした財政運営そのものが、ロシア経済が依然として炭化水素輸出に大きく依存していることを示している。
♦今週のカレンダー
続いては、これも、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
7月13日 月曜日 EU外相会合(ブラッセル、ウクライナ外相参加)
7月14日 火曜日 イスラエルとレバノンが停戦協議(ローマ)
仏、革命記念日
米国連邦準備銀行総裁、米下院財政委員会で報告
7月15日 水曜日 ブルネイ国王、80歳の誕生日
英印自由貿易協定発効
米次期司法長官候補、上院司法委員会で承認審議開始(2日間)
7月16日 木曜日 アルジェリア大統領訪独、ドイツ首相と会談
英労働党党首選、期限
7月17日 金曜日 中国で世界AI会議開催(上海)
7月18日 土曜日 ウルグアイ、 憲法の日
7月19日 日曜日 サントメ・プリンシペで大統領選挙
世界遺産委員会会合開催(プサン)
サッカーワールドカップ決勝
♦イラン停戦交渉が進まない理由はどこにあるのか?
最後はガザ・中東情勢だが、イラン停戦交渉は進展どころか、事実上、MOU署名前の状態に戻りつつある。以前どこかで、「イラン革命防衛隊は満州の関東軍だ」と書いた覚えがあるが、革命防衛隊に一度「獲得」したホルムズ海峡の支配権を放棄する気はない。でも、これって中東では想定内の話。この程度で諦めては駄目だろう。
ところが、米大統領は「もう飽きてしまった」ようだ。先日トランプ氏は、「(イランとの停戦合意は)もう終わりだと思う。関わりたくない、あいつらはクズだ。あいつらと関わるなんて時間の無駄だ。あいつらは嘘つきだ」などと発言したそうだ。筆者がイランだったら、「ええっ、これから本当の交渉が始めるところだったのに・・」と逆に驚くだろう。
日本にも「トランプ氏の能力を過小評価してはいけない」と同氏を擁護する向きは少なくないが、それにも限度はある。NY出身の不動産屋として、米国のビジネスパーソンとしての能力は認めるが、外交、特に対中東諸国外交としては、あまりに稚拙で、心配どころか、怖くなる。いや、怖いどころか、恐ろしい、とすら思うのだが・・・。
今の米国には選択肢が少ない。イランの核開発を止められないまま、ホルムズ海峡の自由航行確保を放棄するか、逆に、対イラン地上戦を仕掛けて無期限戦争を戦うか、仕方なく事実上対イラン無条件降伏をするか、それとも中間選挙で大敗するか・・・、残念ながら、今の大統領には「切り札」がなく、「悪い選択肢」しか残っていない。しかも、これらは全て、戦争開始前から十分予想できたことばかり・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
【よくある質問(FAQ)】
Q1:MOUとMOMUの違いは?
MOU(Memorandum of Understanding)は「了解覚書」。MOMU(Memorandum of MisUnderstanding)は筆者の造語で「誤解覚書」を意味し、合意が機能していない状況を皮肉的に表す。
Q2:スリーアミーゴスとは?
米上院で外交・安全保障に強い影響力を持った3名の議員(マケイン、リーバーマン、グレアム)を指す愛称。党派を超えた協力で知られた。
Q3:ロシアの「財政ルール」とは?
原油価格を基準に、基準値を上回れば国民福祉基金へ積み立て、下回れば基金を取り崩す仕組み。ロシアの財政が原油価格に依存していることを示す。
Q4:ウラル原油価格とは?
ロシア産原油の主要指標価格。ブレント価格との差、輸出量、ルーブル相場など複数要因で決まり、ロシア予算の前提となる。
(本稿のポイント、リードの文責:Japan In-depth編集部)
シリーズ紹介・バックナンバー
宮家邦彦の外交・安保カレンダー バックナンバーはこちら
トップ写真:米軍によるイランの潜水艦および艦船整備施設攻撃・イラン - 7月13日
出典:Handout photo by U.S. Department of Defense via Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

執筆記事一覧



























