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スポーツ  投稿日:2016/10/8

アスリートファーストの真の意味とは?


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

東京五輪に向けて諸処の問題が明るみになった時、毎回ちゃんとアスリートに聞いたのか、それはアスリートファーストになってないじゃないか、という声を聞く。アスリートは中心におかねばならないというのはそうだと思うが、アスリートファーストが機能しにくいのにはそれなりに理由があると思う。

まず、スポーツの世界は家族的な世界で、先輩後輩、同郷、母校、同じ競技、師弟関係という人間関係で構成されている。おいお前、あそこ出身らしいじゃないかということで関係が作られる。スポーツの現場にいる人は基本的にいい人が多い。優しいし、面倒見がいいので、すぐ仲良くなれるし、仲良くなってしまう。

この施設がいるのかいらないのかを判断しなければならないような局面を考えてみる。施設に賛成のスポーツ界の人もそうではないスポーツ界の人もいる。どちらかの立場を取ればどちらかを傷つけることになる。スポーツ界は人間関係がずらっと上の方まで連なっているので、ポジションを取れば敵を作る。だからアウトサイダーだったり、よほど思い入れでもない限りは、いくらアスリートに聞いてみたところで、意見が出てきにくい。

現役時代、競技以外のことは言うな。お前は競技に集中しろと言われていた。おそらくそういう姿勢がスポーツ界では多いと思う(陸上だけかもしれないが)。メダルを獲得するために合理的であるかどうかという点では、何も考えさせないのは効果があると思う。

この施設はレガシーとしてスポーツ界の未来に寄与すると思いますか、また運営費は事業収入で賄えると思いますか、国民の健康と生活の質向上には割りに合うと思いますか、と選手が聞かれることはほとんどない。アスリートファーストにはきわどい質問は基本避けられている。それには厄介ごとに巻き込んではならないという配慮と、おそらく難しいことはわからないだろうという諦めの両方がある。本当は喋れる選手もいるのだが、コーチが制限することもある。

アスリートファースト及び、アスリートボイスが成り立つためには、アスリートが普段から社会におけるスポーツの未来について考えておくことが必要になる。考えている選手はいるので、その選手の声を拾えばいいのだけれど、スポーツ界が普段競技力以外の観点で選手を評価することがほぼないから、どこにそういった選手がいるのかを把握している人はいない。私のところにくる相談はこれが多い。

現状はカスタマーファーストのように、お客さんに直接声をあげてもらうのではなく、お客さんはどう思うだろうかという観点に立つことを、アスリートファーストだと捉えていると思う。私はアスリートは能力が高いという立場に立っていて、アスリート自らがスポーツを通じてあるべき未来づくりに積極的に発言し関わるべきだと思っている。なので現在の状況は少し勿体無いと感じる。

為末大 HP より)


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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