トランプで石炭の復権なるか?
山本隆三(国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授)
米国に駐在し、米国から日本と欧州向けに石炭を輸出する仕事に携わることになった時に、駐在地として選択された事務所はピッツバーグだった。東部アパラチア炭田の中心都市であり、かつてはオハイオ河などを利用した石炭と鉄鉱石の輸送が行われ、鉄鋼生産で栄えた街だ。
いまもペンシルバニア州の石炭生産は、日本の最盛期の生産量とほぼ同じ年産5000万トンあるが、ピッツバーグの鉄鋼生産は衰退し河沿いには廃墟となった製鉄所が残るだけだ。街は、臓器移植で著名なピッツバーグ大学と人口知能のカーネギメロン大学を中心に医療と教育の街に変わった。
アパラチア炭田北部のペンシルバニア、オハイオ、バージニア州は、大統領選の時に接戦州として共和党と民主党の票が拮抗することで知られている。特に、全米の縮図といわれるオハイオ州で負ければ、全米でも負けるのが過去の歴史だった。
2012年の大統領選時、アパラチア炭田北部の接戦州では石炭産業で働く人の票の奪い合いが顕著だった。オバマも共和党のロムニーも露骨に炭鉱夫の歓心を買おうとしていた(オバマとロムニーの石炭戦争)。結果、オバマがペンシルバニア、オハイオ、バージニアの3州を僅かの差で制し、2期目を務めることになった。
今年の大統領選では、石炭に対する候補者の対応は分かれた。温暖化問題に関心の薄いトランプは石炭支援を強く打ち出し、オバマのクリーンパワープランの廃止を謳った。一方、クリントンは、クリーンパワープランの継続、石炭産業が衰退した後の地域支援策を打ち出した。補助金による年金維持、学校の維持、インフラ整備などがその柱だった。
結果、クリントンはバージニアを制したものの、オハイオ、ペンシルバニア両州をトランプに奪われた。この両州をクリントンが制していれば、大統領選の結果は逆になっていた。石炭産業に対する政策が、ひょっとすると、大統領選の結果を変えたのかもしれない。
トランプは勝ったが、石炭支援策をどう実行できるのだろうか。具体策はこれから作られることになる。今までの、石炭消費と生産の落ち込みはオバマの政策のためではなく、市場での価格競争力を石炭が天然ガスに対して失った結果だった。かなり大胆な策がなければ石炭は復活しないだろう。
米国の発電源別の発電量では90年代には50%あった石炭火力の比率は、シェール革命により天然ガスの生産が増加を始めた2000年代後半から減少を続け、2015年には図-1の通り、33%まで落ち込んだ。今年8月までの発電量は石炭29.6%、天然ガス34.7%となっており、今年は天然ガスに発電量を抜かれると見られている。
この石炭の減少を引き起こしたのは、天然ガス価格の下落だ。発電所渡しの天然ガスと石炭の平均価格が図-2に示されているが、石炭は輸送費が割高なので、平均の価格差が相当あっても発電所によっては天然ガスが競争力を持つことになる。また、石炭は燃焼前の粉砕などと燃焼後の灰の処理に費用が掛かり、天然ガスより3割近く安くなければ、競争力を維持できないとされている。石炭の生産数量と発電部門の消費量は図-3の通り減少を続けている。特に東部の生産数量の落ち込みが大きい。
トランプの政策は、石炭の採掘を容易にし、石炭のコストを引き下げることを目的とすることになるが、トランプはシェールガス・オイルの採掘も支援することを明らかにしており、シェールガスよりも相対的に有利な施策が必要だ。あるいは、税額控除制度により導入が進む再生可能エネルギーを相対的に不利にすることより、石炭需要を増やす施策もあるかもしれない。ここでは、まず石炭への独自の支援策を考えてみたい。次のようなことが考えられる。
・ 今年1月に内務省が行なった連邦政府所有地の石炭鉱業権付与の一時停止処分を解除する-米国法では、鉱業権は土地保有者が持つことになる。現在の石炭生産の40%近くは、連邦政府の土地から行われている。西部に多い連邦政府所有地の鉱業権は連邦政府が付与する形になるが、現在は停止されている。鉱業権が付与されると新規の炭鉱開発が行われる可能性が高い。
・ 石炭生産に関わる税、ロイヤルティを減額する-連邦政府の鉱業権を付与され生産を行う場合には、山元石炭価格の8%ロイヤルティを支払う必要がある。この減額を行えば、石炭会社の収益が改善される。
・ 石炭に関する環境規制を緩和する、あるいは石炭に関する環境規制を州政府に移譲する-クリーンパワープラン以外にも、様々な環境規制が炭鉱、石炭にはある。この緩和はコスト減につながる可能性がある。
・ 炭鉱の保証金制度を見直す-炭鉱の開発許可取得に際しては、生産終了後の現状復帰のため保証金を積む必要がある。この保証金の減額は石炭会社の財務負担を減らすことになる。
オバマ政権は、石炭生産の削減を図るため連邦鉱業権の付与を停止し、環境上の問題あるいは税額の問題を検討していたが、トランプ政権ではこれらの検討課題は全て白紙になるものとみられる。石炭の競争力を増す上記の政策が実行されたとしても、天然ガスとの競争に石炭が勝てるかどうかは様々な要素があり、不透明だ。トランプを大統領にする一翼を担った石炭業界への恩返しは難しいかもしれない。
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この記事を書いた人
山本隆三国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授
京都大学工学部卒、住友商事入社。石炭部副部長、地球環境部長などを経て、2008年プール学院大学国際文化学部教授。2010年富士常葉大学総合経営学部教授、2013年常葉大学経営学部教授。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構JCM実証事業採択委員会委員兼技術委員、日本商工会議所エネルギー・環境委員会学識委員、日本経団連21世紀政策研究所2020年以降の日本の温暖化対策のあり方検討委員会委員、財務省東海財務局財政モニター、アジア太平洋研究所主席研究員。