【大予測:中東】トランプ政権で混迷深まる
大野元裕(参議院議員)
1月20日、ドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任する。トランプ氏の政策には、ゆがめられ、且つ面白おかしく伝えられているものも多い。今月ワシントンを訪問し、トランプ氏に近い人たちから直接話を聞いてきたことをも踏まえ、次期政権の対中東政策を考えてみたい。
トランプ氏の大統領選挙勝利を受け、アラブ・イスラーム世界の報道機関や有識者の論調は悲観的である。それは、2009年にオバマ大統領がカイロで「新しい始まり」と題するスピーチを行ったころに見られた楽観的な雰囲気と正反対である。
オバマ政権の間に、米国は石油の中東依存度を大きく減少させ、国内のシェールガス・シェールオイルの開発を進めた。エネルギー・リスクから一定程度自由になった米国の対中東政策の選択はそれだけ増加し、化石燃料に関する規制撤廃推進を明言するトランプ氏の下、その選択の幅はますます拡大するであろう。または、トランプ氏の米国ファースト・非関与主義的な主張や米国が強く関与してきたシリア情勢に関しロシアの影響力伸長を認めるかのような姿勢は、米国を中東から遠ざけるようにも見せている。
10月22日にゲティスバーグで表明した「有権者との契約」に含まれているように、身元確認のできないテロ提供国からの受け入れ停止により、中東の問題がある国と「縁を切る」ことを考えているのかもしれない。しかしながら、トランプ政権が以下のような問題意識を表明している以上、中東への関与を継続せざるを得ず、複雑な方程式に巻き込まれていく可能性が高いのではないか。
(1) ISとシリア
シリアでは、アサド政権、西欧が支援してきた反体制派に加え、イスラーム国(IS)が三つ巴で抗争を繰り広げてきた。反体制派はすでに国内拠点を失い、アサド政権を支えてきたロシアとイランが影響力を拡大させている。トランプ氏は反体制派を守るための保護された地域樹立を支持してみたり、ロシアとの協力に言及したりと一貫した対シリア政策を示すことができずにいる。
その一方でトランプ氏の安全保障チームは、最優先で取り組むべき相手として北朝鮮と並んでISを挙げている。ティラーソン次期国務長官を含むトランプ政権は、シリアのIS無力化のために、ロシアとの対話を指向しているようだが、ロシアが現在進めているのは、イランとトルコとの間で米国抜きのシリア政策を協議し、アサド政権を助ける政策である。米国はアサド政権を受け入れ、反体制派が排除されることを許容するのか。さらには、アレッポ攻略戦の最前線でも役割を果たしてきたレバノンのヒズボッラーとイランを外すことは可能なのであろうか。
米国は、米国自身の関与、対トルコ支援、ロシア・イラン・アサド政権のトライアングルという与件が構成する方程式に解を出す必要がある。
(2) イラン政策
対イラク戦争以降、中東における最大の勝者はイランであったのかもしれない。イラク、シリア、イエメンに影響力を行使する重要なアクターとなり、対イラン制裁解除についても道筋がついた。
トランプ氏は、米、英、仏、露、中、独(P5+1)とイランとの間でまとまった核合意を廃棄し、対イラン制裁の強化と封じ込めを表明している。トランプ政権の安全保障チームはいずれも筋金入りの対イラン強硬派である。マティス次期国防相はイラクに従軍した元陸軍大将で、イランからもたらされた仕掛け爆弾(IED)により多くの困難に直面したとされる。フリン次期国家安全保障担当補佐官が所属していた海兵隊はイラン関連でレバノン等において多くの犠牲者を出している。さらにポンペオ次期CIA長官は、議員時代から強硬なイラン封じ込め論者である。
本来はIS等のスンニー過激勢力封じ込めにおいて役割を果たす可能性のあるイランではあるが、新政権は、核合意を破棄し、対イラン強硬路線を採る可能性が高いとみられている。さらに米対イランの対立の構図は、おのずと中東全域を巻き込んでいくことになるかもしれない。
(3) 中東和平
トランプ氏は、歴代米国大統領が重要視してきた自由、民主主義および法の支配といった価値にほとんど関心がないように見える。ところが12月に国連安保理において、占領地でのイスラエルによる入植非難決議が採択されると、この決議は「公正ではない」と述べ、強く非難した。在米ユダヤ人との間に距離を置いたオバマ大統領に対し、トランプ氏は、娘婿の影響もあってか、ユダヤ層およびイスラエルに対して、損得ではない別な基準を適用しているかのようである。
強いイスラエル擁護は、パレスチナ人、対イスラエル最前線のヒズボッラーやハマースとの問題を大きくする可能性がある。さらには、中東域内で米国の力に対抗する必要がある勢力、例えば排除されそうになるかもしれないアサド政権、イラン等が、親イスラエルの米国との二項対立の構図を描く可能性もあろう。そうなる場合には、中東でかつて見られたような反米感情が高まり、サウジ等の湾岸諸国や、先の国連決議でトランプ氏の立場に配慮を見せたエジプト政権もそれを無視できなくなるかもしれない。また、かかる反米感情をテロ勢力が利用し、テロの拡散と米国の利益を標的にする可能性もあり、そうなれば、テロリスト輸出国からの移民受け入れ拒否だけでは、米国民の生命を守ることは困難になろう。
トランプ新政権は、シリア並びにIS問題についてロシアと協力するがイランは排除したい、イランの影響力が拡大することを停止したい、イスラエルは大事にしたい、テロの標的にはなりたくない、米国ファーストで関与は避けたいが弱腰には見られたくない、という目的をいかに整合的に実現するかという問題に直面せざるを得ないように思われる。これらの相互に矛盾する与件の解を見出すことは不可能に近いかもしれない。
さらにトランプ政権の立場が二点において問われている。第一は、トランプ氏が繰り返し主張する通り、オバマ大統領があまりに弱腰で米国の威信をおとしめたことにより、米国の利益が大きく損なわれたとすれば、中東の問題に対処するために直接的な手段を採用するか、という問いである。トランプ氏は、海兵隊を現在の23個大隊から34個大隊に増強すると表明しているが、これらが展開する先は中東となるのか、決断を迫られる局面があり得よう。
第二は、トランプ氏が対中東政策で優先度をつけて見直しを行うことができるかという問いである。トランプ氏の中東政策は、矛盾のある目的を並び立てる程度の無知に基づいているように思われ、戦略的な再構築が求められることになろう。米国ファーストで中東から距離を置いたままで、これまでに表明されてきたような問題意識を解決することもまた、困難であることは明白である。さらに首都ワシントンでは、これまでにトランプ氏が表明した政策を実現するためには、あまりにも予算が足りないとの懸念が惹起されるようになっているところ、対外的な関与を必要とする政策については優先度を付す必要があろう。
トランプ新大統領政権の対中東政策は、問題意識が先行する中、整合性のある形で示されていない。その一方で、アラブ・イスラーム世界には大きな不安が先行している中、放置されるには大きすぎる問題が数多く存在する。トランプ氏が就任すれば、対中東政策を可及的速やかに戦略的に構築する必要性に直面することになろう。