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.国際  投稿日:2019/1/4

アメリカvsイラン全面対決へ ~2019年を占う~【中東】


 

大野元裕(参議院議員・中東調査会客員研究員)

【まとめ】

・米の過度なイスラエル寄りの政策が中東の混乱を増幅。

・パレスチナ人の孤立と無力感の増大傾向は継続する。

・米、対イラン制裁強化の期限迎えイランと制裁通じ全面対決へ。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合は、Japan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43566でお読みください。】

 

2018年も、中東は安定に至らなかった。イスラーム国(IS)の影響力は大きく後退したものの、冷戦終結とほぼ時を同じくして発生した1990年のイラクによるクウェイト侵攻以降の混乱は、シリア内戦並びにイエメン内戦への各国の介入、トランプ米大統領政権による過度なイスラエル寄りの政策によるアラブ域内の分断や対イラン強硬政策、湾岸諸国間の対立などにより増幅された。

 

このような混乱は、残念ながら2019年も継続する可能性の方が高い。昨年末にトランプ大統領が2000名の駐シリア米軍撤退を表明し、国内においてはマティス国防相辞任、外においては、すでに大きく後退していた米国のシリアでの役割の終結を決定づけた。

 

シリアでは、昨年末までにアサド政権により大衆蜂起はほぼ制圧された。残る武装勢力の争いは、元来、イラクとトルコの影響力の強いユーフラテス川東部及び北部のイドリブ県を舞台とすることになった。イドリブは、米国の影響力後退を受け、ソチ合意で危うい停戦が保たれているイラン・ロシア・トルコの関係次第では戦闘に発展する可能性がある。

写真)イラン、ロシア、トルコの各国首脳 左から露プーチン大統領、イランロウハニ大統領、トルコエルドアン大統領
出典)Twitter : Fars News Agency

 

4か月後に完結とも言われる米軍撤退を受けてシリア北東部では、米軍の支援を受けてISと戦ってきたクルド勢力に対し、トルコが掃討作戦の準備を進めている。これに対し、クルド側はアサド政権の庇護を求めているようだ。米国との綱引きの道具にするため、イランはアサド政権を後押しする可能性があるが、トルコとの紛争リスクをアサド政権が負うかは疑問である。

写真)シリア北東部ハサカに展開する米軍とクルド人民防衛隊 2017年5月
出典)Qasioun News Agency (Public Domain)

 

またイランは、シリア国内で直接米国と取引する機会を逸した感もあるが、シリア国内のイラン系部隊及びレバノンのヒズボッラーを利用して、イスラエルに隣接するゴラン高原での活動を活発化させることにより、イスラエルを刺激することで米国に対するレバレッジを確保しようとするかもしれない。

 

そのイスラエルは、トランプ政権、特にクシュナー米大統領上級顧問及びジェルサレムに移転した大使館の主たるフリードマン大使の影響力が強く見られる米国の後押しを受け、占領地の法的地位の変更、入植地の拡大、海岸部の壁等に代表されるガザ地区封じ込め等を進めてきた。アラブ・中東諸国の分断やジェルサレムへの大使館移転に踏み切る国の増加、パレスチナ人難民支援の国連機関UNRWAに対する米国の資金提供凍結等もあり、このままではパレスチナ人の孤立と無力感の増大傾向は継続することになるであろう。

写真)米の在イスラエル大使館エルサレムへの移転式典に出席するクシュナー米大統領上級顧問と妻のイバンカ大統領補佐官、イスラエルネタニヤフ首相(左)2018年5月14日
出典)米在イスラエル大使館

 

このような中、米国政府は、パレスチナ政府と親米アラブ諸国への圧力を通じて、これまでの国連安保理諸決議に基づく中東和平にとらわれない最終的地位に関する合意を推進しようとしているとも言われている。対中政策、対北朝鮮政策等の進展次第では、トランプ政権がパレスチナ問題で得点を得ようと舵を切る可能性は否定できない。その場合、パレスチナ人はアラブ諸国からの伝統的な支援を得られずに孤立無援に陥る可能性もあり、将来に向けた禍根を残すかもしれない。

 

 米国とイランとの関係は、本年も悪化しそうである。トランプ政権では発足以来、多くの異動が見られているが、それでも共通点は「イラン嫌いがそろっていること」で、嫌イラン政策を止める要人は見当たらない。確かに、イランとの勢力均衡を保ち続けてきたアラブの「東岸の雄」サッダーム政権がいなくなり、イラクにイランの影響力が伸長、シリアにおいてもアサド政権がイランに大きく依存、イエメンでもサウディの冒険政策がイランの存在感を強め、さらにはISに抵抗する上でイランの後ろ盾を必要とした国もあり、結果としてこの10年でイランは大きく影響力を伸長させた米国にとってこのようなイランは、脅威に思えるかもしれない。米国は、昨年11月に猶予した対イラン制裁強化の期限を迎え、イランと制裁を通じて全面対決することになる。

 

本年イランは、経済制裁の深刻な影響に直面しながらも、制裁解除に向け、イラク、レバノン、パレスチナ、イエメン、シリア、湾岸など多くの地域に揺さぶりをかけ、交渉のためのレバレッジを得ようとすることであろう。イランの思惑がすんなり進むほど情勢はシンプルではないものの、イランの揺さぶりを受けかねない国においても、利用されかねない内外政上の不安定が存在している。

 

米国の中東和平等への偏よった肩入れは、パレスチナやシリア、あるいはイランやイランの支援するヒズボッラー等の勢力やアラブ諸国民の抵抗を活性化するかもしれない。米国は、湾岸の富裕諸国が形成するGCCにエジプトとヨルダンを加え、対イラン包囲網を築こうとしてきた。しかし、米国がイスラエルに肩入れしすぎると、これらの国々の世論も穏やかではないはずだ。

 

また、昨年のトルコにおけるサウディ人ジャーナリスト、ハーショグジー(カショギ)氏殺害事件は、湾岸王政の非人道性や不思議さを世界に暴露したが、その後もアラブ首長国連邦やバハレーン等での人権問題が報道されており、油価の低迷による経済問題と共に、湾岸諸国内の不安要素は一朝一夕には解決されそうにない。

 

写真)ジャマル・カショギ氏 Jamal Khashoggi
出典)flickr : POMED (Public Domain)

 

なお、直近でヤマを迎えそうなのが、スーダン情勢である。スーダンでは昨年来、経済問題をめぐる辞任要求デモが継続し、連立を組む政党の離反や、政権を支えてきた政治家の反発も見られている。スーダン情勢の混乱は石油価格への影響のみならず、アフリカの「飢餓ベルト」で勢力を拡大するテロ組織の更なる伸長を促す可能性もある。

 

このように、本年も中東は混迷を突き進みそうである。かつてのように、中東の不安定が第三次世界大戦の火元とみられる時代は終わった。中東の不安定が油価を急激に押し上げ、世界経済を恐慌に導く可能性も少なくなった。しかし、中東における不安定と権力の空白は、テロの萌芽・伸長や国際秩序の崩壊を招くに十分なインパクトを有しており、それはとりもなおさず、中東以外にも伝播することを忘れてはならない。

トップ写真)トランプ大統領が、イランの核開発に関する「共同包括行動計画(JCPOA)」から離脱し、経済制裁の再開を指示したことに抗議するデモ 2018年 テヘラン
出典)FARS New Agency Photo by Hossein Mersadi(Pubulic Domain)


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