イスラエル・中国の「現状」変化が始まる
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー#02(2017年1月9-15日)」
トンデモもないことを年の初めに考え始めた。以下はあくまで一つの仮説に過ぎないのだが、敢えて言おう。過去数年間に世界各地で起きている様々な事象は、もしかしたら、1970年代に主要国間で合意されていた戦略的均衡点を40余年ぶりで再考するよう求める動きの一環ではないのか、というのが今の筆者の素朴な疑問だ。
1970年代に世界で起きた事象のうち、戦略的に見て最大のものは1972年の米中・日中国交正常化と1978年の中東和平問題に関するキャンプ・デービッド合意(CDA)である。前者は台湾と「一つの中国」に関する、後者はイスラエルのパレスチナ占領に関する、主要国間の国際政治的妥協の産物だった。
CDAはイスラエルにとって、米中国交正常化は中国にとって、それぞれ理想的な国際情勢の永続化を保証した。だが、結果論ではあるが、それによって爾後、イスラエルはエジプト・ヨルダンとの平和条約の下で西岸での入植地の拡大を、中国は改革開放により得た経済力を背景に周辺海洋での自己主張の拡大を、それぞれ実現した。
今見直しが進んでいるのは、これら40年前の国際政治的均衡点の妥当性ではないのか。イスラエルはCDAの下で、中国は「一つの中国」政策の下で、それぞれ勢力を拡大したが、その前に両国はすべきことがあるのではないか。これまでどの国も正面から問題提起できなかったこれらの点を提起したのは他ならぬ米国だった。
米国の政策が間違っているのではない。むしろ、こうした傾向は、過去40年間に誰もが疑わなかった歴史的均衡点が、国際情勢の変化に伴い、見直しを迫られつつあることを示しているのではないか。そうだとすれば、イスラエルや中国が如何に足掻こうとも、いずれ国際情勢は新たな均衡点に向かって動き始めるのではないか。
このことを、オバマ政権の対イスラエル政策とトランプ次期政権の対中政策が示しているならば、今後中東とアジアで情勢が流動化する可能性がある。40年前に始まった「現状」を維持するためには一体何が必要なのか。国際社会は今、その判断を求められているのだが、果たして我々にその余裕はあるのだろうか。大いに疑問だ。
〇欧州・ロシア
少なくとも欧州に以上のような危機感は感じ取れない。11日には欧州中銀の会議があり、12日にはギリシャに関するユーロ諸国の会合が予定されているが、東方キリスト教会のクリスマス(7日)が終わらないと、欧州は動き出さないのかもしれない。15日にフランスがパレスチナ問題の国際会議を主催するのが救いである。
〇東アジア・大洋州
12日に日本の首相がフィリピンを訪問する一方、同日からベトナム共産党のトップが訪中する。ほぼ同時に、日本の経産大臣も訪露する。それぞれ、やるべきことをすべく、水面下での話し合いが続きそうだ。
〇中東・アフリカ
イランのラフサンジャニ元大統領が亡くなった。それで何かが急に大きく変わることはないだろうが、1978年からイランを見ている者にとっては、一つの時代が終わったという感慨を禁じ得ない。今週は高村元外相が総理特使として、そのイランを訪問する。これから、イランをめぐる動きは徐々に活発化していくだろう。
〇南北アメリカ
トランプ外交チームについて良からぬ噂が伝わってくる。特に気になるのは、国防長官とトランプ側近たちとの国防省幹部人事に関する軋轢だ。報道がすべて正しい訳ではなく、しかも、この種の噂は4年ごとに繰り返される種類のものだが、今回は閣僚レベルに経験豊富なプロがいない分、より深刻かもしれない。
〇インド亜大陸
特記事項なし。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。