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.国際  投稿日:2017/3/10

朝日新聞「中国軍拡は米のせい」


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・中国国防予算案16兆円超、前年比7%アップ

・朝日新聞、中国国防費の伸びが高いのは米軍の圧力のせい、との記事掲載

・事実は逆で、中国の軍拡がさきにありき。

 

■急伸する中国国防費 

朝日新聞がまた中国の軍事拡張をアメリカの圧力のせいだとする、ゆがんだ倒錯の理屈を報じた。

中国政府が2017年の国防予算案を明らかにした。3月4日だった。史上初めて1兆元(約16兆5千億円)を超える巨額となった。前年比では7%ほどの伸びだという。日本の防衛費の3倍以上、しかも中国は公表する国防費に含まれない軍事支出も多額にある。年間の伸び率も日本よりは比較の方法がないほど高い。

中国は1990年代から大幅な軍事力増強を続けてきた。毎年の国防費はいつも前年よりも%比で2ケタの増加だった。この10年ほど実質の減額に近い日本の防衛費とは、これまた極端なコントラストを描いてきた。

中国の画期的なこの軍拡に対しては、世界の多数の国から「いまは中国にとって歴史上でも最も安全な時代なのに、なぜこれほどの軍拡を続けるのか」という疑問が呈されてきた。中国に対して軍事攻撃をかけようとする国はおよそないのに、なぜ中国は軍事力を大増強し続けるのか、という疑問だった。

 

■朝日新聞「中国軍拡は米の軍事増強のせい」

 

ところが今回の中国の国防費増額を報じる朝日新聞は3月5日の朝刊(国際版)で「中国、米軍の圧力警戒」「国防費増強」「空母拡充急ぐ」という見出しの記事を載せ、いかにもアメリカの軍事増強が中国の軍拡をもたらしているかのような解説をしていた。【北京=西村大輔】という記者の記事となっていた。

その記事には以下のような記述があった。

「中国の国防費の伸び率が依然、高いのは米軍の圧力に対する中国の強い警戒感があるからだ」

「米軍は2015年以降、南シナ海で『航行の自由作戦』を展開し、人工島に近い空域を米軍機がたびたび飛行、2月には米原子力空母が南シナ海に入った。北京の軍事筋は『トランプ政権の軍事動向に対応するため、中国が国防費をさらに増やしていく可能性は十分ある』と指摘する」

以上の記述のうち、冒頭は西村大輔記者の地の文章、つまり彼の判断である。「中国の国防費の伸び率が高いのは米軍の圧力のため」という因果関係である。だがこの記述はまちがっている。中国は米軍の圧力などまったくない時期、しかも長い年月、終始一貫して国防費の伸び率を高くし続けてきたからだ。

本末転倒とはこのことだろう。だが朝日新聞の北京駐在特派員を務める西村記者がそんな基本の事実を知らないはずがない。実態を知りながら、実態と反する虚構の因果関係を堂々と書いているとすれば、もう偽ニュースの範疇である。

南シナ海での米軍の「航行の自由作戦」を中国側の軍拡の理由であるかのように書くのもゆがんだ屁理屈である。南シナ海での中国側の軍事的拡張があったからこそ、オバマ政権はきわめて穏やかな対応策として、この作戦を実施したのだ。中国側の軍拡、国防費の大幅な増額はそのずっと以前にすでに存在した現象なのである。その中国の軍拡へのアメリカ側のささやかな対応を中国の軍拡の原因のように描くことは、子供だましの虚構といえよう。

 

事実は逆。中国軍拡が米の軍事動向の原因

 

「北京の軍事筋」の言葉と称する引用も中国の大軍拡ありき、というこの問題の出発点の事実関係をごまかしたプロパガンダである。「トランプ政権の軍事動向」が中国の軍拡の原因になるという理屈は、まさに事実の反対なのだ。中国の軍拡があまりに激しいために、トランプ政権が新たな「軍事動向」に出ようとするのである。

オバマ政権のこの8年間、アメリカはとくに中国に対して軍事的な攻勢の動きをとることがなかった。東アジアの駐留米軍の規模も減らしてきたのだ。だがその8年間こそ、まさに中国側が南シナ海や東シナ海での軍事攻勢を強めた期間だった。

中国はそのために軍事予算も大幅に増やしてきた。アメリカの中国に対する軍事脅威なるものが最も少なかった期間に中国は軍拡を激しく進めてきたのである。

朝日新聞はこと安全保障問題の報道となると、奇妙なほど中国側の立場に立つ傾向をもう長い年月、示してきた。この報道もそのおかしな、というより、日本国民としては気持ちの悪い、偏向の一端だとみれば、それなりに説明もつくともいえようか。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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