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スポーツ  投稿日:2017/4/29

読後感:「その差は自己責任か」


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

おそらくどの国でも苦しくなってくると、弱者を叩くということはよくあるんだろうなと思います。生活保護に関しては一部の(たぶん本当にごく一部なんだろうと思うのですが)人々が不正受給をしていたなどの報道があり、生活保護許すまじとなっている人が一定数いるのでしょうか。

こういった報道を見るたびに、私は一つの炎上体験を思い出します。

この際の反論は要約すると二つになろうかと思います。

”努力すれば夢は叶うとは限らないが、努力するには夢が叶うと信じられなければならない。人が頑張るためにもそれを言うべきではない”

”人の才能には突き詰めるとさほど差はない。差は努力によって生まれるので、この理屈は間違えている”

努力には意味があると思うためには、仮に幻想であったとしてもいつか報われるという方便がある程度必要なんだろうと思います。誰も死後の世界があるかどうかもわからないし、いいことをすれば救われるかどうかもわからないけれど、それをみんな信じておいた方が世の中がより円滑に進む、というものがありますが、似ているなと思います。真実であるかどうかより、そうしておいた方がよいかどうかが重要ということです。

スポーツの世界は他と比べてかなり才能が影響しますが、引退してみると社会ではそれほど才能は勝負を決める大きな要素ではないと気がつきました。こう言ってはなんですが、あまり努力していない人も少なからずいて、当然差はついてしまうのだろうと思います。なので、確かに環境と才能と努力でいえば、努力の占める割合はそんなに小さくないのかもしれません。

ただ、前提にしつつも私はやはり人間には持って生まれた才能と、そして生育環境にはかなりの差があると思っています。そしてそれはいわゆる自助努力、努力では覆しにくい。ただ、では諦めるしかないのかというとそうではなくて、少しサポートをしたり仕組みを作れば人は努力できるようになるのだと思います。生活保護とはそういった類いのものだろうと認識しています。

大阪大学の大竹先生の研究で、子供時代に人間の能力には差がないという認識が強い環境で育つ人ほど、弱者に対して厳しい傾向にあるというものがあります。

人間の能力には差がない→現状に差がある→能力には差がないから、この差は努力の差である→よって差は自助努力によって是正すべきである

つまり、アリとキリギリスのように見えているわけですね。平等な社会をと思い、能力差をなるべく隠して育てた結果、社会の格差是正に反対の立場をとる傾向が生まれるというのはなんとも悲しい話に感じますが、考えてみれば努力を重視する人は努力しない人には辛辣な態度をとる傾向にあるのは確かにうなづけます。

私の好きな話で、全盲の人と、車椅子の人が二人で出かけるというものがあります。車椅子の人が指示をし、全盲の人が椅子を押す。人間に優劣はないが、状況によって人に有利不利はあるので、それを創意工夫でしのぐことが重要なのではないか。柔らかで寛容な社会とはそういったものではないかと思っています。

ちなみに貧困の連鎖を説明した本でおもしろかったです。今、足りないから将来も足りなくなるということが理解できます。

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意識について興味を持っていた時に読んだ本です。この本をきっかけにしてベンジャミンリベットのマインドタイムを読みました。

意識と無意識についてかかれています。初めて認知心理学や、無意識の研究に触れた人はちょっと面食らうかもしれません。それぐらい日常の私たちの感覚とは違う世界がここにあります。

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例えば分割脳の患者の例がでてきます。てんかん患者の治療として昔は脳梁を切っていたそうで(なんと!)、そういった患者は右脳と左脳が切り離されます。人間は右視野を左脳で、左視野を右脳で把握しているそうで、右視野に映ったものは左脳で把握できるので言語で答えられるのですが、左視野に映ったものは右脳なので言語では答えられません。ところが自分では言語的に何かが認識されていなくても、目の前にあるカードを何でもいいからとってというと結構な確率(7割程度だった気が)で当たるそうです。本人にわかっているという自覚なくして。

つまり私たちが考えて把握していると思っている世界は、私たち自身のほんの一部でしかなく、無意識で行われていることや、無意識の世界で起きていることは想像以上に私たちを支配しているというのがざっくりとした内容だと思います。私の知らない私が私の中にいて、そしてその私が出した結論や方向性(比喩表現として)が意識の世界の私たちの行動や判断に影響を与えているわけですね。

他にも興味深い実験内容が紹介されていて、読みやすいので是非読んでみてください。ついでに下條先生自身も話すと相当面白いので、講演などありましたら足を運んでみて下さい。

(為末 HPより)


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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