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.国際  投稿日:2017/6/27

ISテロ、世界に拡散加速


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2017#26(2017年6月26-7月2日)

【まとめ】

イラク、モースル陥落近づくも、ISに決定的打撃とはならない

・むしろ、テロは世界に拡散する可能性すらある。

・政府は邦人テロに備えよ。一般国民の意識も高めよ。

今週は久しぶりで日本のマスコミがイラクという国に関心を払ってくれた。メディアの主たる関心は、モースル陥落が近づき「追い詰められるイスラム国」が「世界で拡散しつつあるイスラム主義者のテロに如何なる影響を及ぼすか」にあるようだ。

大変有難く、良い傾向と思う。以下は筆者の現時点での見立てだ。

●最大拠点であるモースルが陥落しても、「イスラム国」にとって決定的な打撃とはならない。今モースルに残っているのは、恐らく、下っ端の自爆分子であり、高級指揮官や爆弾製造等の技術を持つ者はとっくに脱出しているはずだ。

モースル(そして、いずれはシリアのラッカ)陥落は世界に拡散しつつあるイスラム主義、ジハード主義のテロを一層拡散する可能性すらあるので、今後この種のテロは増えることはあっても、減ることはないだろう。

●過激思想に共感・洗脳される人々を過激主義者のリクルート活動から守ることは難しい。少なくとも、欧州や中東のイスラム教徒のコミュニティが健全で安定し繫栄しない限り、新たな戦闘員のリクルート先はほぼ無尽蔵にある。

●そうした状況は欧州もアジアも変わらない。現在フィリピンのミンダナオで激化する「イスラム国」戦闘員を巻き込んだ戦闘も長期化する可能性が高く、同地がいずれ対東京五輪テロの新たな出撃基地となる恐れもなしとしない。

●先進国で相次ぐテロと現在中東で追い詰められている「イスラム国」との直接の関連を調べても、意味はないかもしれない。なぜなら、現在我々が目撃しているテロは「組織によるもの」ではなく、「思想によるもの」だからだ。

●ベルギー・イギリス・フランスなどで相次ぐテロを見ると、その犯行にこれまでのような宗教性、組織性、専門性が感じられず、増々幼稚性、衝動性、アマチュアリズムが深まっている。この種のテロは今後も減ることがないだろう。

●海外勤務・在住の邦人へのテロ対策は間違いなく不十分だ。日本人もターゲットであることを前提に、日本政府や企業は、十分時間とカネをかけて、対抗措置を常に改善していく必要がある。

●日本がモデルケースとすべき国としては、常にその種の脅威に晒されているイスラエルがベストだろうが、彼らのやり方は今の日本には高度すぎ、高価すぎるかもしれない。

●頻発するソフト・ターゲット攻撃への対抗策は、はっきり言ってない。テロリストは卑劣な連中で、最も脆弱な標的を最小のリスクで狙い、最大の恐怖と衝撃を与えようとする。狙われないように普段から抑止していくしかない。

●五輪を控える日本でも、狙われたら防ぎようがないので、これまで以上の厳しい対テロ抑止策、防衛策、情報分析などが求められるのだが、日本の一般市民の意識がそこまで高まっているようには思えない。

〇欧州・ロシア

1日からエストニアがEUの、ハンガリーがビシェグラード4(V4)のそれぞれ議長国となる。V4は1991年2月、チェコスロバキア、ハンガリー・ポーランドという中欧3か国で設立。チェコスロバキア分離後はチェコとスロバキア両国ともグループに参加した。

これらの4か国は2004年5月にそろって欧州連合に加盟しており、それなりの影響力を持っている。エストニアもハンガリーも最近訪問したことがあるが、いずれも強かで、よく頑張っている。あまり目立たないが、要注意だ。

〇 東アジア・大洋州

26日にモンゴルで大統領選挙がある。与党人民党の候補が優勢だったが、野党民主党で柔道連盟会長の候補が若者の支持を伸ばし、接戦となっている。人民革命党も候補者を出しているので、場合によっては決選投票の可能性もある。

それにしても、モンゴルで健全な民主的選挙があるとは、実に素晴らしいことだ。民主的に選ばれたという点では、28日に韓国の新大統領が訪米する。中国、米国、日本、ロシアと北朝鮮、バランスを取るのが実に難しいようだ。

〇 中東・アフリカ 

イラクについてもう一言。アラブ人には希望と事実の区別がつかない人が少なくないが、イラクのアバディ首相もその一人かもしれない。先日同首相は、現在最終段階にあるといわれるイラク北部モースルの奪還作戦が「あと数日で終わる」と公言した。

ラマダン明け祭日中にも発表したかったようだが、現実はそう甘くないようだ。モースルを奪還しても、イラク正規軍と、イランに支援されたシーア派ミリシアと、クルドのペシュメルガがほぼ同時に街に入る。全く新しい問題が生じることだけは間違いないだろう。イラクの混乱に終わりはない。

〇 南北アメリカ

もうトランプ政権のことを書くのも飽きてきた。今週は珍しく、トランプ関係ニュースが少ない。それでも先週のワシントンポストの記事は強烈で、CIAのYour Eyes Only超機密情報によれば「プーチン大統領自身が米大統領選挙への干渉を命令した」という。これでも、トランプ氏はメゲナイ。大したものである。

〇 インド亜大陸

26日から米印首脳会談がワシントンである。トランプ氏の対インド観は如何なるものなのだろう。興味深いが、あまり期待すべきではないかもしれない。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトのウェブサイトに掲載する。

 


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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