トランプ宣言にパレスチナ無反応のわけ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・トランプ大統領のエルサレム首都宣言、パレスチナの抗議活動は盛り上がらず。
・背景はパレスチナ人による「パレスチナ自治政府に対する不信感」や「イスラエル経済への依存の高まり」。
・トランプ政権はこうしたパレスチナの状況を見越した上での首都宣言だったと思われる。
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アメリカのトランプ大統領のエルサレム首都宣言は国際的に広範な反発を引き起こした。だが意外なことに最も強く反発するはずのパレスチナがさほど激しい抗議運動を起こしてはいないことが現地からの報道で明らかとなった。
「トランプ大統領のイスラエル支持宣言→国際社会の反発→パレスチナの蜂起→中東和平の崩壊」という日本での一般向けの方程式がどうも現実には当てはまらないようなのだ。
トランプ大統領は12月6日、「イスラエルの首都はエルサレムであり、アメリカ大使館はそこに移す」と宣言した。
I have determined that it is time to officially recognize Jerusalem as the capital of Israel. I am also directing the State Department to begin preparation to move the American Embassy from Tel Aviv to Jerusalem… pic.twitter.com/YwgWmT0O8m
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) December 6, 2017
△ドナルド・トランプ氏 12月6日のTwitter
写真)エルサレム
これまでの歴代のアメリカ大統領が間接的には認めながらも、直接の宣言は延期してきた認知だった。その結果、イスラエルと対立するパレスチナ勢力も、他のイスラム系諸国も一斉に反発した。国連でもアメリカのこの宣言を無効とする決議案が圧倒的多数で採決された。
写真)トランプ米大統領によるエルサレムのイスラエル首都認定撤回を求める決議案を賛成多数で採択した国連総会緊急特別会合。 12月21日
出典)UN News Centre UN Photo/Manuel Elias
この展開を伝える日本の主要メディアのほとんどの報道をみると、アメリカのこの宣言への反発は果てしなく広がるようである。イスラム系勢力のなかでもとくにパレスチナがイスラエルやアメリカに決死の戦いを挑んでいくようにも思えてくる。
ところが現地からの興味ある報道が目についた。読売新聞12月24日朝刊の記事だった。見出しは「パレスチナ『蜂起』遠く」「生活優先 デモ参加激減」となっていた。
トランプ大統領のエルサレム首都宣言から半月の時点での現地エルサレムの状況を伝えるルポ記事だった。その総括としてパレスチナ側の抗議運動はまったく盛り上がっていない、というのだ。
なんだ、これでは「パレスチナを先頭とするイスラム勢力がアメリカやイスラエルへの反発をいっせいに高め、中東和平を突き崩す」という一般の予測とはまるで異なるではないか。読売新聞のエルサレム発のその記事の内容をもう少し紹介しよう。
≪(エルサレムに近いパレスチナ側自治区の)ベツレヘムでは12月22日、パレスチナ人の大規模な抗議デモが予想されていた。だが抗議デモに実際に集まったのは約50人と2週間前の1割ほど。数人が治安部隊に投石したが、催涙ガス弾を撃ち込まれ、すぐに退散した。デモに参加した会社員イサ・ズブーンさん(48)は「皆、闘争に疲れてきている。インティファーダ(蜂起)が起きたときの雰囲気はない」と肩を落とした≫
写真)第2次インティファーダ 200年9月28日
出典)Institute for Palestine Studies
おや、おかしいではないか。パレスチナ人たちは自分たちの聖地の帰属をアメリカに否定され、激怒して、猛烈な抗議活動を連日、広め、強め続けているのではなかったのか。この記事を読む限り、そうではないようなのだ。
さらに読売新聞のその同じ記事の内容を点検してみよう。
≪実際、トランプ氏が宣言を行った週の金曜礼拝の日も、多くの人は礼拝後、デモに参加せず、帰宅した。イスラエルの飲食店で働くパレスチナ人の男性(50)は「インティファーダを始めたら、仕事を失い、借金も返済できず、人生が崩壊する。パレスチナ自治政府のために戦おうと思えない」と打ち明けた≫
≪パレスチナ自治区は社会基盤が十分に整わず、通貨はイスラエルのシュケルを使い、電力供給も同国に頼る。経済的な自立につながる産業は育たず、自治区外への農産物販売もイスラエルを経由する形でしか行えない≫
≪テルアビブ大学安全保障問題研究所のコビ・ミハイル上席研究員は、「パレスチナは過去2回のインティファーダで大きな代償を払ったにもかかわらず、何も得るものがなかった。自治政府に対する不満は強く、自らの生活を投げ出してまで蜂起しようという人は少ないはずだ」と指摘する≫
写真)テルアビブ大学安全保障問題研究所コビ・ミハイル上席研究員
出典)The Institure for National Security Studies
以上の読売新聞の金子靖志記者のエルサレムからの記事は現地のパレスチナ人たちが今回のトランプ大統領の宣言に反発して抗議運動を大規模かつ長期に展開する状況にはまったくないことを伝えているのだった。その理由は一般パレスチナ人の「パレスチナ自治政府に対する不信感やイスラエル経済への依存の高まり」だというのである。
トランプ政権側としてはこうした状況をも当然、みすえての今回のエルサレム首都宣言だったといえよう。国際情勢への複眼的な考察の重要性を改めて実感させられるケースなのである。
トップ写真)エルサレム ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を訪れるトランプ大統領 2017年5月28日
出典)photo by Matty Stern/U.S. Embassy Tel Aviv
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。