無料会員募集中
.国際  投稿日:2017/12/31

トランプ、大企業優遇で対中「決戦」へ【2018:アメリカ】


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

【まとめ】

・税制改革、規制緩和により大企業優遇策を取るトランプ大統領。

・米は国家安全保障戦略で中国非難。多国間貿易は中国利するとして、二国間交渉を推進する。

・トランプ大統領は、大企業を通して再び米国を偉大にし、中国封じ込めに動く。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=37717でお読みください。】

 

筆者は昨年末に出した2017年の予測で、ドナルド・トランプ米大統領(71)が新自由主義的な米資本主義の姿を変えていくと書いた。それは、トランプ氏が「流出した雇用を米国に取り戻す」「自由貿易や多国間貿易の枠組みより、米国の利益を優先する」「米IT大手の寡占状態は独占禁止法違反だ」などポピュリスト的な発言で得た人気をもとに当選したからであった。

トランプ氏が2017年1月20日に就任してからほぼ1年が経つ今、一貫性のある方針がはっきりと姿を現し、トランプ大統領が誰のために、何のために働いているかが見えてきた。

トランプ大統領の政策は、現在も親密な関係にあるスティーブ・バノン元首席戦略官(64)から授けられた大衆受けする言説を駆使して、攻撃すると見せかけたウォール街や大手寡占企業の利益に、実際は奉仕するものだ。この方針は、米企業の独占的優位をさらに強め、台頭する中国の経済的・軍事的な野心を砕こうとする戦略に基づいている。

JB171230iwata01

▲写真 スティーブン・バノン元主席戦略間 出典:photo by Gage Skidmore

トランプ氏の「代替資本主義」とは、ポピュリズムを駆使して民衆の支持を確保し、投資家・富裕層への権力や富の集中をさらに強化しつつ、衰退する米国の強力なライバルである中国の勢力拡大を抑止するものなのだ。

では、トランプ政権の「代替資本主義」により、2018年の米国と世界はどのように動くのだろうか。

 

■ 大企業の力で再び米国を偉大に

トランプ氏は2016年の大統領選挙期間中に、競合をつぶして巨大化する小売大手アマゾンを「独占禁止法違反だ」と攻撃した。ところが、8月にアマゾンが生鮮スーパー大手ホールフーズを買収した際には独禁法を持ち出したり反対したりせず、買収を承認して、同社がさらに大きくなることを許している。

JB171230iwata02

▲写真 ホールフーズ店舗外観 flickr Mike Mozart

またトランプ氏は就任前に、インディアナ州の工場をメキシコに移転することを計画していた米空調大手キャリアを攻撃し、約8億円の補助金と引き換えに1100人の雇用を維持することを約束させた。ところが、実際に雇用が維持されたのは800人に過ぎず、7月にはその内600人超の従業員の解雇が開始された。しかも、補助金を使ったキャリアの投資は従業員の雇用維持ではなく、主にロボットを使った工場自動化に使われた。この「裏切り」を、トランプ政権は非難することをしなかった。

大統領選でウォール街や財界を攻撃することで白人労働者階層の支持を得て当選したトランプ氏だが、2017年後半には、攻撃対象だったウォール街や財界ために法人税率を最高35%から21%に引き下げようと全力を尽くした。その熱意と決意には並々ならぬものがあった。

JB171230iwata03

▲写真 ウォールストリート NY証券取引所 出典:Wikimedia Commons

こうした努力が今、税制改革成立という形で結実しようとしている。大幅法人減税が発効する2018年には、大企業がさらに大きく強くなる。勢いづくトランプ大統領はさらに2018年に、企業を縛るあらゆる規制を撤廃してゆく方針だ。トランプ氏は12月中旬に、「1960年に2万ページ分あった連邦政府の規制が、2017年には18万5千ページに肥大化した」と批判し、規制を撤廃すれば企業活動、ひいては米経済が活発になるとの見解を示している。

JB171230iwata04

▲写真 規制撤廃のパフォーマンスをするトランプ大統領 2017年12月14日 出典:The White House

政権はすでに、預金保護を目的とした銀行と証券の分離などの金融規制を撤廃するべく動き始めており、潤沢なキャッシュを持つアマゾンが「アマゾン投資銀行」を設立するかもしれない。アマゾンなど米IT大手は、規制の緩い中国でライバルのアリババなどが金融に進出して大成功を収めていることに焦りを感じており、規制を撤廃して、「指定戦略企業」であるアマゾンなどをさらに大きく強くすることは、トランプ政権の米国の国際競争力の強化という目標にかなう。

JB171230iwata05

▲写真 アリババCEO ジャック・マー flicker World Economic Forum

こうしてみると、「トランプ対エスタブリッシュメント」「トランプ対財界」の対決の構図は、壮大な自作自演劇に過ぎなかったことが明らかだ。

 

■ 中国との「決戦」に向けた準備

では、貿易分野はどうだろう。米財界は、トランプ政権による環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)離脱の脅し、世界貿易機関(WTO)のサボタージュなど、多国間貿易を破壊する動きを強く非難している。自由貿易を否定すれば、それによって成り立つ米国内の雇用が失われ(NAFTA離脱だけで最大1400万人が失業との推計もある)、関税復活で物価が上昇して消費者も打撃を受ける。トランプ政権は、米企業や消費者の敵ではないか。

だが、この面での米企業の利潤への打撃は、法人税率の劇的な引き下げで補える可能性が高い。規制撤廃が進めば、なおさらのことである。米国の競争力を牽引する大企業に見返りを与えずに、政権が既存の企業権益を取り去ることは考えにくい。

加えて、トランプ大統領に近いバノン元首席戦略官やピーター・ナバロ米国家通商会議委員長(68)ロバート・ライトハイザー米通商代表(70)などの反中国派の主張を分析すれば、「大企業の力で再び米国を偉大にする」政権目標と政権の貿易政策に整合性があることがわかる。

JB171230iwata06

▲写真 左、ピーター・ナバロ米国家通商会議委員長 出典:Ford school you tube

トランプ政権は、シルクロード経済圏構想「一帯一路」に見られるように、多国間の自由貿易が米国を利する以上に中国を利すると考えているフシがある。

JB171230iwata07

▲図 一帯一路 出典:Tart

そうした自由貿易の前提を揺るがし、世界中の貿易を二国間交渉に分解してゆけば、世界No.1の経済大国である米国の強い交渉力を活かし、米大手企業を中国に対して優位に立たせることができると踏んでいるのだ。

トランプ大統領が多国間自由貿易を否定し、習近平中国国家主席(64)がそれを堅持することを誓うのは、そのためである。多国間の自由貿易が形骸化して、各国が自国の利益のみを追求するようになれば、経済の規模拡大・生産性の上昇・対外影響力の増大など包括的な自由貿易の実を求める中国は不利になり、二国間交渉で圧倒的な力を行使できる米国に勝算が出てくる。

JB171230iwata08

▲写真 中国訪問で歓迎を受けるトランプ大統領と習近平氏中国国家主席 人民大会堂・北京 2017年11月9日 出典:The White House Photo by Andrea Hanks

自由貿易の否定により、米国内では「負け組企業」が必然的に出てくるが、法人減税や規制撤廃で「勝ち組企業」がそれを上回り、米国全体で中国に勝てれば、それでよいのである。トランプ主義の根幹は国家主義であるからだ。

折しも、トランプ大統領は12月18日の米安全保障政策戦略の公表の際、中国の「経済侵略」を非難した。安全保障上の見地から、米国の経済的な国際競争力強化により、「中国のこれ以上の経済的勝利を抑える」方向に焦点は定められた。

 JB171230iwata09

▲写真 国家安全保障戦略を発表するトランプ大統領 2017年12月18日 出典:米国防総省

2018年は、「大企業を通して再び米国を偉大にする」方針を掲げるトランプ政権と、自由貿易を通して覇権主義的な「中国夢」の実現に近づきたい習政権の摩擦が高まる年になりそうだ。

トップ画像:税制改正法成立を祝うトランプ大統領(左からミッチ・マッコネル上院院内総務、下院議長のポール・ライアン、マイク・ペンス副大統領)2017年12月20日 flickr  The White House


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."