京浜急行鉄道事故総合対応訓練から見えてきたもの
【まとめ】
・京浜急行が、6年ぶりに大規模な鉄道事故総合対策訓練を行った。
・今後は、ハードとソフトを組み合わせて事故・災害対策を進める。
・気象予測や地震の早期警報などをシステムとして組み入れ、機械化も進める。
圧倒された。鉄道事故訓練を初めて目の当たりにし、まさに「見ると聞くとは大違い」だ。
10月18日、京浜急行電鉄株式会社(以下、京浜急行)は、第43回鉄道事故総合対策訓練を同社久里浜工場内(神奈川県横須賀市)にて実施した。参加したのは、京浜急行の他、京急建設株式会社、京急電気株式会社、京急サービス株式会社、神奈川県横須賀南警察署、横須賀市消防局。コロナ禍などもあり、この規模の訓練は実に6年ぶりの実施となる。従来は観覧客を募集していたが、今回は行われず、関係者のみの参加となった。
この訓練の目的は、重大事故発生時における併発事故の防止と早期の復旧を行うため、事故現場における対応、基本動作、乗客の安全な避難誘導方法、復旧作業時の安全確保、確実な連絡体制の再確認、と包括的なものとなる。
想定された事故は「列車脱線」。10月18日同日午前、時速80kmで運転中、踏切に進入してきた乗用車と接触し、脱線したもの。乗用車側に重傷者1名、鉄道側に心肺停止者1名、重傷者1名、軽傷者2名という想定だ。
車と列車の接触、衝突のニュースでよく見る風景は、乗客が列車から降りて線路上を歩くものと、大勢の保安要員が列車の周りで復旧作業に当たっているものだ。事故後の復旧に時間がかかるのは、概念的には理解していたが、今回訓練を見てその理由がようやく腑に落ちた。
■ 訓練の内容
訓練は、京浜急行の川俣幸宏社長の挨拶で始まった。2019年の踏切衝突事故や、2012年の土砂崩れ脱線事故に触れ、「時間の経過とともに我々の対応力も落ちてきているだろう。そこはちょっと心配している」と述べ、「ベテランの職員は当時を思い出して、あの時はこうだったと、多分もっとこうすべきだったという思いを後輩に伝えていく機会にしていただきたい」と参加者に呼びかけた。
▲写真 京浜急行 川俣幸宏社長:ⒸJapan In-depth編集部
事故発生時に真っ先に取り組まねばならないのは、乗用車に閉じ込められた人と、列車内の重軽傷者の救出だ。
列車内の乗客は、非常脱出ハシゴや旅客用シートなどを使って避難誘導され、けが人は簡易担架などで運ばれ救助された。
▲写真 列車から救出される乗客(社員らが乗客の役をしている)ⒸJapan In-depth編集部
▲写真 救出され線路上を歩く乗客(社員らが乗客の役をしている)ⒸJapan In-depth編集部
一方、車の方は、消防隊員が大型カッターを使い、リアゲートのヒンジを切断して取り除き、迅速に運転者を救出した。
▲写真 事故者のリアゲートを取り外し、運転手を救出する消防隊員 ⒸJapan In-depth編集部
その後、踏切内の事故車両の搬出が行われた。モーターカーという特殊な工事列車のクレーンが車両に装着されたロープを引っ張り上げて移動させた。手際のよさが光る。
▲写真 モーターカーのクレーンで事故車両を持ち上げ、線路内から除去する作業 ⒸJapan In-depth編集部
車両が取り除かれるといよいよ脱線復旧作業だ。脱線した車両を線路に戻すわけだが、なにしろ車両1台35トンもある。油圧で動く「ジャッキ」を使って車両を持ち上げるのだが、それが簡単ではない。
まずは地面を手作業で固め、ジャッキを置く土台である「ブリッジ」を車両の下に設置する。その上に車両を横送りするのに使う「ローラーキャリッジ」という機材が左右1台ずつセットされた。さらにその上に「ジャッキ」が置かれ、慎重に車両を持ち上げていく。ひとつのジャッキで26トンの重さに耐え、左右二つで車両の重さを支える。
▲写真 ブリッジの上に設置されたローラーキャリッジとジャッキ ⒸJapan In-depth編集部
ジャッキにより浮いた車体を慎重に横移動させ、ようやくレールに車輪が正確にセットされるのにかなり時間がかかった。
▲写真 レールにセットされた車輪 ⒸJapan In-depth編集部
事故列車が自力運転で移動した後もやることは多い。踏切警報機、踏切遮断機、発光信号機、踏切監視カメラや、保線・電気関係の復旧作業が粛々と行われた。
▲写真 車両に上り電線の復旧などを行う作業員 ⒸJapan In-depth編集部
竹谷英樹鉄道本部長は総評として、「自分たち一人一人の仕事の先にお客様の安全や安心、喜びがあるということを常に念頭に置いて、仕事に取り組むことが重要だ。想像力を働かせ、目的を達成するためには何が必要かを考える習慣をつけることで、仕事の質がさらに高まっていく。訓練の成果を生かし、部門を超えたつながりをさらに強固にして、全員が一致団結してこれからも安全で安心な輸送サービスを提供していこう」と述べた。
▲写真 京浜急行 竹谷英樹鉄道本部長 ⒸJapan In-depth編集部
こうして、約4時間におよぶ訓練が終了した。
■ 今後の安全運行に向けて
今後の対策について、京浜急行鉄道本部の島村昭一安全推進部長は、耐震補強など含めハードとソフトを組み合わせて事故や災害対策を進めていきたいとの考えを示した。
そのうえで今後も起こりうる自然災害などに対して、「気象予測や地震の早期警報などもシステムとして組み入れながら、より早くそういうものをキャッチして電車を止めることも研究したい」と述べた。また、今後予想される人手不足については、「今後、少子高齢化でどんどん人が少なくなっていくので、なるべく機械で代えられるものは代えていければと考えている」と述べ、機械化も進めていく考えを示した。
▲写真 京浜急行 鉄道本部 島村昭一安全推進部長 ⒸJapan In-depth編集部
鉄道事故をゼロにすることは困難だが、今回の訓練のような地道な取り組みは大切だと実感した。
また鉄道事業者が、テクノロジーを駆使し、昨今の線状降水帯による土砂崩れや河川の氾濫などによるリスクを減らそうとしていることや、少子高齢化対策としてロボットの活用を検討していることも新たな発見だった。
参考)鉄道交通事故の動向
内閣府の発表によると、鉄道交通における運転事故(注1)は令和4年は558件となっており、平成14年は852件、24年は824件であったことを踏まえると、長期的には減少傾向にあるといえる。
▲図 出典:内閣府HP
また、事故種類別の運転事故発生状況は、人身障害が半数を超えている。さらに、踏切事故(注2)においても、踏切保安設備の整備等により平成14年に449件であったものが、24年には305件、令和4年には190件となっており、減少傾向にある。
注1)運転事故: 列車衝突事故、列車脱線事故、列車火災事故、踏切障害事故、道路障害事故、鉄道人身障害事故及び鉄道物損事故をいう。
注2)踏切事故:列車事故のうち、踏切道において列車又は車両が道路を通行する人又は車両等と衝突し、又は接触した事故及び踏切障害事故をいう。
(了)
トップ写真:ⒸJapan In-depth編集部