石破氏「アジア版NATO」構想、内外から疑念の声
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・石破茂氏の「アジア版NATO」構想、国内外から激しい批判に晒されている。
・専門家からは、アジアの多様性や日米同盟との関係性など、様々な問題点が指摘されている。
・この構想は日本外交に与える影響は大きく、国民への説明が求められる。
石破茂首相の持論「アジア版NATO」への批判が止まらない。
なぜ石破首相が「アジア版NATO」を必要だと考えているかは、以下の氏の米有力保守系シンクタンク、ハドソン研究所への寄稿(「日本の外交政策の将来」Shigeru Ishiba on Japan’s New Security Era: The Future of Japan’s Foreign Policy 2024年9月25日)を読めば一目瞭然だ。
「今のウクライナは明日のアジア。ロシアを中国、ウクライナを台湾に置き換えれば、アジアにNATOのような集団的自衛体制が存在しないため、相互防衛の義務がないため戦争が勃発しやすい状態にある。この状況で中国を西側同盟国が抑止するためにはアジア版NATOの創設が不可欠である」。
また、石破氏は論文で以下のように、日米安全保障条約の「非対称性」を指摘したうえで、「地位協定の改定」と、「自衛隊のグアム駐留」も主張した。
「アメリカは日本「防衛」の義務を負い、日本はアメリカに「基地提供」の義務を負うのが現在の日米安全保障条約の仕組みとなっているが、この「非対称双務条約」を改める時は熟した。日米安全保障条約と地位協定の改定を行い自衛隊をグアムに駐留させ日米の抑止力強化を目指すことも考えられる」。
まず、岩屋毅外務大臣は10月2日の会見で早速以下の通り、アジア版NATOに否定的な見方を示した。
「まず、大事なことは、同志国・同盟国とのネットワークを、更に重層的・多層的に編み上げていくということが、最初に取り組むべきことだと考えております。そのことによって、抑止力というのを高めていきたいと思っております。
アジア版NATOは、もちろん将来の一つのアイディアとしてはあるというふうに思うのですけれども、やはり時間をかけて、中長期的に検討すべきだと考えております。
政府としては、従来からお答えしているとおりに、現行憲法上、他国をもっぱら防衛するということを目的とする集団的自衛権の行使は認められないという考え方を堅持しております。
また、インド太平洋地域においては、欧州とは、やはり少し様相が違って、各国の発展段階とか、政治体制・経済体制、そして、安全保障政策にも、様々なバリエーションがございますので、そういうことも、しっかり考慮していかなければいけないと思っています。
したがって、そういうことを考えますと、今、直ちに、相互に防衛義務を負うような機構をアジアに設立するということは、なかなか難しいと考えておりまして、したがって、将来のビジョンの一つとして、中長期的に検討していくべきだと思っているところです。
当面は、冒頭に申し上げたように、今のFOIPの枠組みですとか、様々な多国間の安全保障協力関係を、丁寧に、しっかりと積み上げていく努力をしていきたいというふうに思います。
なお、したがって、このような構想・発想が、何か特定の国に向けられているというものではないと御理解いただきたいと思いますし、将来の理想は、インド太平洋、アジア全体、どの国も排除しない安全保障の協力関係ができるということが最も望ましいと、私は考えております」。
一方、中谷元防衛大臣は会見で、岩屋外務大臣よりはマイルドだが、やはりアジア版NATOに対しては慎重なようだ。
「一般論として、戦後激しく安全保障環境が変化している中で、各国とも同志国や同盟国のネットワークを有機的・重層的に構築をしており、それを拡大して抑止力を強化をしていくことは重要です。例えば、NATOとかQUADとか様々な組織がありますけれども、防衛省としては、現在、同盟国である米国に加えて、様々な同志国等との間で、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた様々な防衛協力・交流の取組を推進しており、それによって、地域の平和と安定に貢献をしてきているのではないかと考えています」。
そうしたなか、米シンクタンク、スティムソン・センターの辰巳由紀東アジア共同部長は、10月2日の「日本が新しいリーダーを選出: すでに岸田氏が懐かしい?」と題した寄稿で、「日本が直面している地政学的現実と、石破氏が政府の意思決定の周辺にいた過去10年間のこの現実に対する日本の対応の両方について、氏の専門知識が必ずしも最新のものではない可能性がある」と指摘、その例として、サイバー、宇宙、その他の新興技術などの新しい領域への言及の欠如や、アジア版NATOや日米地位協定の見直しなど、「試みられたが正当な理由で実現しなかった」アイデアの復活」を挙げた。
慶應義塾大学総合政策学部の神保謙教授は、「アジア版NATO」という構想を取り下げるべきだ、と主張し、「石破氏の論理にはかなりの飛躍がある」と断じている。(神保謙Xのポスト 2024年9月28日)
神保教授は、「アジアに存在するのは日米・米韓・米豪・米比といった二国間の同盟関係で、具体的な規定に差はあるが米国の同盟国に対する防衛を約束(各締約国が自国の憲法上の手続きに従い共通の危険に対処)している。尚、台湾については、米国の台湾関係法(1979)に基づいて防衛目的の武器を供与するが、台湾有事の際の米の「適切な行動」は曖昧化されている」とし、「台湾に対する個別の政策を超え、いきなり「アジア版NATOが不可欠」と主張する根拠は不明」、と指摘した。
S・ラジャラトナム国際研究大学院の中国プログラム助教授ベンジャミン・ホー氏とシンガポール経営大学政治学教授ウィリアム・A・キャラハン氏は、シンガポールをベースにした英語ニュースサイトCNAに、「だれもアジア版NATOを望んでいない 日本の新首相石破氏以外は」と題した論文で以下のように述べている。
「石破氏がアジア版NATOを主張する主な根拠は中国の脅威だが、東南アジア諸国の間では中国に対する解釈や見方が異なっている。例えば、マレーシアやインドネシアなどイスラム教徒が多数を占める国では、米国がイスラエルを支持していることから、米国から中国への支持がシフトしている。(中略)ヨーロッパの過去は、必ずしもアジアの将来について多くを語っているわけではない。この地域の国々は、今後もリスクを分散し、自国にとって最善の取引を模索し続けるだろう」。
こうした内外の批判を当の石破首相はどう聞いているのだろうか?
石破首相は10月4日、所信表明演説を行ったが、その中には、「アジア版NATO」も「地位協定改定」もなかった。神保教授は「石破論文は僅か1週間で換骨奪胎されたようだ」と批判した。
総理大臣ともなれば、国益のために自分の思想信条を封印しなくてはならないこともあるだろう。それにしても、総理に就任してわずか数日でこれだけのハレーションを内外に広げているのだから、国民に対してその意図を早急に、そして明確に説明する必要がある。
写真)東京の首相官邸で記者会見を行う石破茂新首相。(2024.10.1 日本 東京)
出典)Photo by Yuichi Yamazaki – Pool/Getty Images