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.政治  投稿日:2024/10/6

米側が苦笑した石破新首相のアジア版NATO案


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・石破首相が提案した「アジア版NATO」構想は、国際社会から厳しい評価を受けている。

・同構想の内実は、いずれも日本の安保政策の根本的な改変を要する。

・既にインドと中国は反対を表明しており、実現は非現実的だ。

 

 石破茂氏がついに日本国の首相となった。「ついに」と強調するのは、石破氏がこれまで4回も自民党総裁選に名乗りをあげ、そのたびに失敗してきたからだ。石破氏は自民党の総裁を経て、新首相になる過程では新政策とも解釈できる多くを語った。そのなかで日本の対外政策として注視されたのは「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想だった。この構想が日本の安全保障の最大パートナーのアメリカではどう受け止められたか。本稿ではそこに焦点を合わせて報告したい。

 まず結論を先に述べよう。この石破構想は米側ではあまりに非現実的だとして、一笑にふされた。その内容の愚かさには嘲笑といえる反応も多かった。そもそもこの石破構想は米側の入り口で真剣には受け入れられなかった。だから一般向けに幅広く報道されてもいない。この構想を知って反応したのは、日ごろ日米安全保障関係にかかわっている少数の専門家だけである。

 石破氏は自民党総裁選でも「アジア版NATO」の創設を唱えた。アジアで紛争が起きやすいのはヨーロッパのようにNATOのような集団防衛態勢がないからだ、として「日米同盟や米韓同盟、米比同盟などの枠組みを有機的に結合することでアジア版のNATO作るべきだ」と主張した。

 ただし、その際にはこの集団防衛態勢に中国を含むこともありうるとして、「中国を入れるか入れないかは決められない」と述べた。

 ここにも石破氏の言葉の虚構がある。なぜなら石破氏がほぼ総裁選と時期を同じくしてアメリカの大手研究機関のハドソン研究所に送った安全保障・外交政策の寄稿では、このアジア版NATOは中国をその脅威の対象とすると明記していたのだ。その逆に中国をも含む集団防衛態勢となれば、日本の安全保障政策の根幹が崩れる。中国は日本に対する明確な軍事脅威なのに、その相手と手を結び、同じ立場の同盟関係を結ぶことになるからだ。こんなシナリオは中国がかつて主張していた「東アジア共同体」構想に等しい。中国を中心とする国家群に日本も隷属する形で加わることになるからだ。

 さて、石破氏のアメリカ側に向けての政策報告は「石破茂氏の日本の新安全保障時代・日本の外交政策の将来」と題され、ハドソン研究所から9月28日に発表された。そのなかで石破氏はアジア版NATOについて以下の骨子を述べていた。

 ▽ウクライナがロシアに侵略されたのはウクライナがNATOに加盟していなかったからだ。今日のウクライナは明日のアジアだ。ロシアを中国に置き換え、ウクライナを台湾に置き換えるべきだ。

 ▽アジアにはNATOのような集団防衛システムがないことが戦争を起こしやすくしている。中国を抑止するためには米欧側の諸国によるアジア版のNATOの創設が不可欠だ。

 ▽アジア版NATOは中国、ロシア、北朝鮮の核戦力への抑止を確実にすべきだ。そのためにはアメリカの核のシェア(共同使用)、アメリカの核兵器のアジア地域への持ち込みを考慮すべきだ。

 ▽日本の自衛隊は従来、日本本土への攻撃のみへの対処の軍事行動を認められてきたが、アジア版NATOでは国内法を変えて、他の同盟諸国の防衛にも出動して戦うようにする。

 以上のように石破氏は新首相として日本国内では述べてこなかった重大方針をアメリカ側に向けて発信したのだ。中国を脅威対象とするアジア諸国による集団同盟日本の自衛隊の他国防衛の戦闘アメリカの核兵器の日本側との共同管理そして日本国内への核兵器の持ち込み・・・・いずれも日本の安保政策の基本的な改変となる。そんな構想を国内での議論はもちろん示唆さえもないままにアメリカに向けて表明する。この点だけでも日本国民への根本的な背信行為だといえよう。

 アメリカ側のこの石破構想への反応は、予想通り厳しかった。というよりも相手にしないという対応だった。その実例をあげよう。石破氏が政策報告を送った当の相手のハドソン研究所の日本部の上級研究員ジェームズ・プリシュタップ氏の論評である。同氏は国務、国防両省や国防大学で日米安保政策や東アジアの安保問題を担当してきたベテランの専門家である。

 「アジア版NATOというのは巨大な発想だが、その時期はきていない。いや実現することはまず決してないだろう。インド太平洋地域の戦略環境は多数の国家間の安保上の国益の相違を明示し、NATO的な概念の実現を困難にしている」。

 きわめて丁重な論評だといえよう。日本の新しい総理大臣への礼節をも感じさせる。だがその核心は「決して実現することはない」という明言だった。

 米側の他の専門家たちの反応はもっと直截で厳しかった。ランド研究所のジェフリー・ホーナン日本部長も「非現実的だ」と一蹴した。外交関係評議会のシーラ・スミス研究員も同様に「実現できない発想」と述べた。

 しかし私自身が直接に取材したアメリカ側の関係者たちの反応はさらに辛辣だった。日本の新首相がこんな現実性に欠ける政策を対外的に発表するとは、信じられないという対応だった。石破氏は日本では防衛問題に詳しいとされるが、今回の発想は無知に等しいという表現を名前を出さないという条件で述べた専門家もいた。とにかくアメリカ側の専門家全体の反応はこの石破構想を一笑にふす、という感じなのだ。もっと率直に述べれば嘲笑、苦笑という印象でさえあった。

 日本の立場からこのアジア版NATO案を考えただけでも、その非現実性が容易に分かる。日本、韓国、フィリピン、インドといった諸国が反中集団同盟に結集できるのか。インドはそもそも非同盟の国是を保ってきた。韓国が有事の際に日本の自衛隊を招いて、共同戦闘を展開する可能性があるのか。まして日本側では、憲法の制約で集団的自衛権を自由に行使はできないままなのだ。さらに、アメリカの核兵器を日本国内に持ち込むなど、石破氏がこれまで提起したことがあったのか。

 本来のNATOは1949年にソ連の軍事脅威を抑止する集団同盟として結成された。当時の加盟は12ヵ国、アメリカの強大な軍事力、とくに核戦力がソ連の圧倒的に優位な通常戦力での攻撃や威嚇を抑止することが主眼だった。いまではフィンランド、スウェーデンという年来の中立国までが加わり、加盟は32ヵ国となった。このNATOの加盟国はみな自由民主主義、法の支配、人権尊重などを共有価値とする。共通体質の諸国家なのだ。アジアの状況とはまるで異なる。

 この石破構想に対しては当然ながら、すでにインドも中国も反対を表明した。あまりにも明白な予想通りの反応だった。こんな非現実的な構想を実際に提起して、国際的にネガティブな反応に怯えたかのようにその案を引っ込め始めた石破新首相、そんな人物に国家の運命を委ねることには深刻な不安がある。

*この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに掲載された古森義久氏の寄稿論文の転載です。

トップ写真:首相官邸で石破茂首相が記者会見に臨む様子(2024年10月1日)

出典:Photo by Yuichi Yamazaki – Pool/Getty Images




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