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.国際  投稿日:2018/1/16

南北対話で核問題の解決はない


宮家邦彦の外交・安保カレンダー(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
2018#03 2018年1月15-21日

 

【まとめ】
・トランプ政権暴露本、トランプ政権が如何に「機能していないか」が良く判る。

・北朝鮮は核開発断念せず、米韓関係に楔打ち込み、政治・経済的利益の最大化を狙っている。

・南北対話が核問題の解決に繋がるとは思えない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=38050でお読み下さい。】

 

 

先週、例のトランプ政権の暴露本を漸く手に入れた。ワシントンに出張した知人が帰国直前空港の売店で最後のコピーをお土産に買って来てくれたのだ。310頁の大部を先ほど読み終えたが、政権の内情は予想以上に酷いようだ。バノン氏は「後悔している」と述べたそうだが、「後悔先に立たず」とはこのことだ。

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写真)スティーブン・バノン氏
出典)クリエイティブコモンズ photo by Gage Skidmore

 

日本で同書は「トランプ氏の大統領としての資質を疑問視する」内容と報じられたが、筆者が最も興味深く読んだのはトランプ政権内の力関係を描いた部分だ。これまで断片的に報じられてはいたが、こうして纏まった形で読んでみると、改めてトランプ政権が如何に「機能していないか」が実に良く判る。

 

要するに同政権は、S・バノン前首席戦略官率いる「極右ナショナリスト」集団、大統領の娘婿夫婦が代表するニューヨーク富豪・民主党系「穏健派」集団とR・プリ―バス首席補佐官が代表する「議会共和党主流派」集団という3つのグループが「空洞」大統領の周りで主導権争いに明け暮れたということだ。

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写真)R・プリーバス首席補佐官
出典)クリエイティブコモンズ photo by WisPolitics.com

 

同書によればバノンは「影の大統領」では決してなかったようだし、意外にも米内政については素人同然だった部分すらある。他方、プリ―バスも真の首席補佐官ではなかった。何のことはない、バノンがジャヴァンカ(ジャレッド+イヴァンカ)と呼ぶ大統領娘婿夫妻が最も首席補佐官らしい仕事をしたのだ。

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写真)37歳の誕生日を迎えたジャレッド・クシュナー氏とイヴァンカ・トランプ氏夫妻
出典)イヴァンカトランプ インスタグラム

 

先週も書いた通り、同書の著者M・ウォルフ氏は毀誉褒貶相半ばするジャーナリストで、書かれた内容のどれが真実かは不明な点も少なくない。この暴露本については今週の産経新聞のコラムで詳しく取り上げたので、時間があればご一読願いたい。

 

もう一つの注目点は朝鮮半島の南北対話の進展だ。筆者は南北閣僚級会談の実現を驚かないが、成果については懐疑的である。北朝鮮のこの種の微笑作戦はこれが初めてではない。成功することを祈っているが、決して長続きはしないだろう。理由は北朝鮮の真の意図が核問題の解決ではないからだ。

 

五輪と核開発は次元の異なる問題、核開発が戦略問題であるのに対し、五輪はあくまで戦術問題である。経済制裁が効き始めている現在北朝鮮は、是が非でも五輪を開催したい韓国の足許を見ている。核開発を断念することなく、米韓関係に楔を打ち込みつつ、政治的、経済的に利益を最大化したいのだ。

 

そうであれば、オリンピック、パラリンピックの終了後、全てが元へ戻る可能性は高い。北は取れるものを取ったら、核兵器開発の完成に向け必要な実験を再開するだろうし、米国は対話が動かなくなった段階で種々の軍事演習を再開するからだ。仮に南北首脳会談を開いても、成果は戦術的なものとなろう。

 

 

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写真)平昌冬季オリンピック・パラリンピック成功確約大会に
参加する広報大使のキム・ヨナ元フィギュアスケート選手と文在寅大統領 (2017年7月24日)
出典)TheBlueHouseKR

 

〇欧州・ロシア

 

今週の欧州は外交のオンパレードだ。17日に安倍首相が東欧歴訪を終えて帰国する。同日、オーストリア首相がドイツを訪問しメルケル首相と首脳会談を行い、スペインのカタルーニャ州では新州議会が第一回会合を開く。17-18日にはクロアチア大統領がボスニアを訪問、18日には英仏首脳会談が開かれる・・・といった具合だ。

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写真)リトアニア共和国 杉原記念館を訪問する安倍首相 2017年1月13日
出典)首相官邸

 

どれもルティーンの会合だが、新味があるとすれば20日にローザンヌで国際オリンピック委員会が南北朝鮮の代表と会合し、平昌への北朝鮮参加について話し合うことぐらいだろう。それにしても最近の韓国の前のめりは如何なものか?どうせ五輪が終わったら全てが元へ戻るだろうに・・・。

 

〇東アジア・大洋州

 

今回の北の目的は、①核兵器開発の継続、②当座の経済的利益の獲得、③米韓、日米韓の連携に楔を打ち込むことで、④戦略的生き残りの道を探ることだ。これに対し、韓国は外交安全保障政策よりも、国内政治上の利益を最優先し、これを最大化しようとしているように思える。

 

具体的には、五輪大会の成功裏の開催(中止に追い込まれれば、現政権への信頼は低下する)と、北との対話の再開だろう。対話を始めることで、核問題の解決に繋げたいのだろうが、北朝鮮は恐らくそう考えていない。されば、この対話が核問題の解決に繋がるとは到底思えないのだ。

 

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写真) 左側、韓国の趙明均統一相ら、左側北朝鮮の李善権・祖国平和統一委員会委員長ら(9日、板門店)
出典)Ministry of unification

 

〇中東・アフリカ

 

14日からイラク議会が予算と選挙に関する審議を開始する。19日から米副大統領がエジプト、ヨルダン、イスラエルを訪問するが、トランプ政権のエルサレム首都認定で和平プロセスどころではないだろう。ペンス副大統領もご苦労様としか言いようがない。

 

〇南北アメリカ

 

15日に米加が共催で北朝鮮問題に関する国際会議を開くが、本当に大丈夫なのだろうか。韓国が前のめりで、北朝鮮がイニシャティブを採っている段階で、こんな国際会議を開いても、国際社会の不協和音が顕在化する恐れはないのか。米国がトランプ政権内の意見の相違を表面化させなければ良いのだが・・・。

 

〇インド亜大陸

 

15日にロシアのステルス型フリゲート艦4隻の対インド売却に関する交渉がインドで開かれる。17日にはインドの沿岸警備隊が日本の海上保安庁とインド洋で捜索救難訓練を実施する。

 

 今週はこのくらいにしておこう。今年も、いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

写真)握手する北朝鮮の李善権・祖国平和統一委員会委員長(左)と韓国の趙明均統一相(右)と(9日、板門店)
出典)Ministry of Unification

 


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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