米朝対立、激化必至【2020年を占う・朝鮮半島】
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・金正恩、昨年末までに、米の「譲歩」得られず。
・金正恩のカードは「新たな戦略兵器(核兵器)」、中朝同盟、文在寅大統領の利用。
・2020年は米朝対立激化の方向となる可能性が高い。
筆者は2018年末に2019年米朝非核化交渉のシナリオとして
①金正恩の核申告履行で順調な「米朝非核化対話」の進行
②交渉の停滞で再び米朝緊張状態への回帰
③トランプ大統領の無原則な妥協で北朝鮮の核保有実質認定
の3つのケースを上げ、もしも2019年前半に意味のある米朝会談がもたれない場合、朝鮮半島は②の「再び米朝緊張状態への回帰」の方向に動く可能性が高まると予測したが、この予測は的中したようだ。
■ ハノイ米朝首脳会談で明らかになった「同床異夢」
2019年2月27・28日米朝はハノイにおいて2回目の米朝首脳会談を行ったが、非核化についての理解が全く異なっていたために、会談は決裂した。トランプ大統領は初めて「朝鮮半島非核化」を「北朝鮮の非核化」と理解した自身の認識が間違っていたこと、金正恩に核を放棄する意思がないことを知った。
しかし、両者は各々の思惑から「蜜月ショー」を続けた。6月30日には板門店での「会合」を持ち、トランプ大統領と金正恩委員長が個人的関係を温め、あたかも「北朝鮮の非核化」が進展しているかのように見せつけた。だがこれも10月5日の「ストックホルム米朝実務協議」が破綻したことでその「ショー」の化けの皮は剥がれた。
▲写真 トランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長(2019年6月30日 板門店) 出典: Facebook; The White House
■ 外交・軍事的圧力で先「制裁緩和」を求め続けた北朝鮮
その後北朝鮮は、4月12日の最高人民会議で期限を切った年末までに譲歩を勝ち取るために、5月10日から12月12日まで20回以上に渡り、国務委員会、外務省、アジア太平洋平和委員会談話や、外務省高官の李容浩、金桂寛、崔善姫、リ・テソン、巡回大使、アジア太平洋委員会委員長の金英哲、朝鮮労働党副委員長の李スヨンなど対外・対米関係の機関と高官を総動員して米国に圧力をかけ、12月末までに米国が譲歩しなければ「新しい道を進む」と圧迫した。
それだけではない。5月4日から11月末までに13回に渡り新型短距離弾道ミサイルとSLBM、そして大型放射法(ロケット砲)25発を発射して圧力をかけた。そして12月4日には党中央委員会第7期第5回総会を12月下旬に招集することを決定し、クリスマスに米国に「贈り物」を受け取ることになると、ICBMの発射があるかのように揺さぶった。ICBMの発射中止と核実験の停止は、トランプ大統領の対北朝鮮交渉での唯一の「成果」だったからだ。そこをつけばトランプが譲歩すると思ったに違いない。
■ 米国の軍事圧力で不発に終わった金正恩の「クリスマスプレゼント」
しかしトランプ政権は、2017年を彷彿とさせる軍事圧力を金正恩に加えた。特殊偵察機7機と上空から30cmの大きさまで認識できる無人偵察機のグローバルホークを動員し、海にはXバンドレーダーを搭載した「ハワード・O・ローレンツェン」を浮かべて北朝鮮動向を24時間監視した。そしてSM3迎撃ミサイルを搭載したイージス艦数隻を待機させ、ICBM発射があれば迎撃する体制を敷いた。そればかりか、異例にも駐韓米軍基地で繰り広げてきた特殊部隊による「斬首作戦訓練」の映像まで公開した。また第7艦隊に米軍の艦船60%を集結させもした。
結局金正恩はトランプへの「クリスマスプレゼント」を断念せざるを得なくなり、12月末までの「譲歩」は得られなかった。ハノイで失った「権威」は再び傷つくことになった。
▲写真 ミサイルの発射を視察する金正恩委員長(2019年5月4日) 出典: DPRK twitter
■ 党中央委員会総会での金正恩報告
北朝鮮の労働新聞は1月1日1面に金委員長の先月28~31日に党中央委員会本部庁舎で開かれた中央委員会第7期第5回総会の結果を「新年の辞」の代わりに報じた(党中央委員会総会が2日以上開かれたのは1990年1月以来)。
総会では、次のような議案が上程された。
1)醸成された対内外形勢の下でわれわれの当面の闘争方向について
2)組織問題について
3)党中央委員会のスローガン集を修正、補充することについて
4)朝鮮労働党創立75周年を盛大に記念することについて
ここで中心となるのは第1議題の「醸成された対内外形勢の下でわれわれの当面の闘争方向について」である。この議題で金委員長は3日で7時間を費やし報告を行った。この要旨報道が「新年の辞」の代わりとされたようだ。
この報道によると金正恩委員長は現情勢を「前代未聞の難局」と分析し、その難局を「正面突破戦」で切り抜け、「核保有路線」を明確にした上で「新たな戦略兵器」と「自力更生」で長期戦に備える決意を示した。報道で「正面突破戦」との言葉は計23回登場した。しかし「新しい道」との表現は特に使われることはなかった。
■ トランプの心配な反応
トランプ米大統領は先月31日、金委員長報告で「新たな戦略兵器」の登場を予告したことに関し、南部フロリダ州の別荘で記者団に「彼は非核化の合意文書に署名した。約束を守る男だ」と述べ、非核化協議への復帰するようにと語った。
トランプ氏は「彼は私が好きだし、私は彼が好きだ」と語り、両者は今も「良好な関係にある」と強調。一方で「様子を見よう」とも述べ、今後の事態を注視していく考えも明らかにした。
トランプ大統領のこうした発言は、金正恩報告の「われわれの抑止力強化の幅と深度は米国の今後の対朝鮮立場によって調整される」とした部分を重視し、対話の余地があると解釈したからではないかと思われる。
だがそれは大いなる読み違いだ。「抑止力強化の幅と深度を調整する」の意味は「非核化対話を行う」と言うものではなく、「制裁を緩和すれば挑発の度合いを調整しても良い」という意味である。
トランプ大統領の発言が金正恩を欺くレトリックであればよいが、まだ未練をもって金正恩に対応しようとしているのであればことは重大だ。もしそうだとしたら今までの失敗よりも何倍もの手痛い失敗を繰り返すことになるだろう。
トランプ政権は、核を保有したまま「正面突破」しようとしている金正恩の意図を正しくありのままに読み解いてほしい。もうこれ以上金正恩に時間を与えてはならない。
■ 2020年は北朝鮮非核化で「真実の時」を迎える
トランプ大統領は、金正恩の欺瞞戦術に乗せられ2年間の時間を与えてしまった。だがこの間に金正恩が絶対に核兵器を放棄しないということも確認したはずだ。
金正恩委員長もこの間、核放棄に応じなければ制裁が緩められないということを確認した。金正恩は現情勢を「前代未聞の難局」と分析し、「核保有路線」を明確にした上で、その難局を「正面突破戦」で切り抜けると表明した。常識的に考えれば、両者の対決は避けられない。トランプが譲歩するか、金正恩が非核化に応じるかの二者択一しかない。
金正恩のカードは「新たな戦略兵器(核兵器)」と中朝同盟、そして脅し続けてきた文在寅大統領の利用だ。このカードを使い新たな挑発がいつ行われるのか。多分2月―4月の間ではないかと思われる。それに対応する、3月から4月にかけての韓米軍事演習がどうなるのかが注目される。また4月の韓国総選挙も北朝鮮は利用するだろう。こうした動きの中で今年の動向が決まると思われるが、2020年は米朝対立激化の方向となる可能性が高い。
▲画像 日本上空を通過した北朝鮮による過去のミサイル発射実験 (2017年8月) 出典: wikimedia commons: Phoenix7777
ビル・クリントン政権で米国防総省次官補を務めたハーバード大学のグレアム・アリソン教授は、もし北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射や核実験などを続けた2017年11月までの状況に復帰する場合、トランプ大統領がミサイル発射台破壊などの軍事攻撃を命じる可能性があると指摘した(中央日報日本語版2019.12.13)。
トップ写真:北朝鮮国旗 出典:Pexels: Simon Rosengren
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統