国力落ちた日本、アジア特化目指せ
嶌信彦(ジャーナリスト)
「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」
【まとめ】
・日本はいつの間にか世界の新市場を開拓する国力や気概を失った。
・アベノミクスの成果も今一つ。
・アジア特化こそが日本の目指す方向。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=38959でお読み下さい。】
日本の政治に覇気がみえない。いや、政治だけではない。外交も経済も文化発信などもここ2、3年沈滞したままだ。元気が目立つのはオリンピックで活躍した若いアスリートや最年少で羽生名人に勝った将棋の藤井聡太四段(その後六段に昇進)ぐらいだ。若い人が活躍する姿は将来への展望が感じられていいことなのだが、それにしてもここ2~3年の日本の元気の無さは気にかかる。
■ 輝きを失った電気業界など
例えば電気産業。先日、日本の電気業界をリードしてきたソニーの歴史年譜が新聞にでていた。1955年にその後のソニーの代名詞ともなった日本初のトランジスタラジオ、1968年にトリニトロンテレビを発売している(井深大社長時代―50~71年)。
▲写真 日本初のトランジスタラジオ 出典 SONY
特にトランジスタラジオの出現は世界を驚かせ、後に日本の貿易外交を“トランジスタ商人・外交”などと呼んだほどだ。70年代に入り、盛田昭夫氏が社長に就任(71年~76年、76年~95年会長を務める)すると歩きながらでも音楽を聞ける携帯音楽プレイヤー「ウォークマン」を79年に発売。日本の電気製品の名を一挙に世界へと轟かせた。
▲写真 ウォークマン 出典 SONY
その後を継いだ大賀典雄社長(89年~99年CEO)も家庭用ゲーム機「プレイステーション」やパソコン「VAIO」、犬型ロボット「AIBO」などを世に送り出し世界の耳目を集めた。
▲写真 初代 犬型ロボット「AIBO」 出典 SONY
しかし、出井伸之社長(99~2005年CEO)、ハワード・ストリンガー(05~12年CEO)、平井一夫社長(12~18年CEO)の代になってから、「よその会社が作らないものを作る」というソニーらしさが影をひそめ、もっぱら人員削減ばかりが目立つようになってしまった。
こうした傾向はソニーだけでなく他の企業にも蔓延し、自動車や家電産業、IT産業にも新しい技術、発明、製品が出なくなってしまった。この間、米国などではアップル、グーグル、フェイスブックなどの新製品や新サービスが次々と生み出され、自動車業界でもテスラなどの電気自動車やIT企業と協同した新しい製品、産業を次々と生み出し始めている。中国でもAIやインフラ、宇宙などへの進出が目覚しい。日本はいつの間にか世界の新市場を開拓する国力や気概を失ってしまったかのようだ。
■ 企業の基礎研究、新陳代謝に遅れ
昨年11月1日に日本経済新聞がまとめた「日本の革新力」によると、新産業を生み続けるアメリカや急成長する中国に押され、社会や産業を変革する人工知能などイノベーションの力が衰えていることを特集していた。
2016年の日本を100とすると、日本は1.06倍で最下位にあり、中国は6.34倍、韓国は2.08倍、ドイツが1.32倍、アメリカが1.24倍で日本は殆んど留まったままだ。
また応用開発力でも、国際特許の出願件数をみると日本は67%増ながら、中国は11倍に増え18年までに中国に追い抜かれるとみられている。さらに上場企業の営業利益合計(稼ぐ力)でもアメリカ28%増、中国7.3倍、ドイツ54%増、韓国66%増に対し日本は11%増と5ヵ国の中では最低となっている。株式公開から10年未満の企業の時価総額からみた産業の新陳代謝力でもアメリカ50%増の4.3兆ドル、中国6.3倍増の2.8兆ドルに対し、日本は51%減の5543億ドルと半分に減っているという。
■ アベノミクスも国力増に結びつかず
一方、この5年間の安倍政治をにぎわしたアベノミクスの成果の実状はどうか。まず労働力人口(15歳以上の就業者と失業者の合計数)はリーマン・ショック時の08年とほぼ同じだが、正規雇用は43万人減少、雇用者数は安倍政権下の4年で230万人(16年末で)増えているが、うち207万人は非正規労働者なのだ。
▲写真 安倍内閣総理大臣の年頭記者会見(平成30年1月4日)出典 首相官邸
また名目GDPは50兆円増え、過去最高の543兆円となったとしているが、物価上昇の影響を目標値から差し引いた実質GDPの増加率はリーマン前の水準を下回っており、名目GDPのドル換算率では4.4兆ドルで全体に占める割合は5.9%で、12年比では2.3ポイント下落している。賃金も上がっておらず、実質生活は停滞しているため消費景気に結びついていないのである。
目ざましくみえた安倍外交の国際評価も芳しくはない。国際競争力ランキングは、GDP第3位の大国だが16年8位、17年は9位、GDPに占める教育支出の割合も16年32位。17年34位と高くないし、温暖化対策ランキングにいたっては16年60位、17年50位、世界幸福度ランキングも16年53位、17年51位、18年54位で、報道の自由度ランキングは16年72位、17年72位といずれも低いのが実状なのである(17年12月22日毎日新聞、18年3月15日毎日新聞より)
▲図 国際競争力ランキング(2017年度) 出典 WEF
■ 女性活躍時代も今ひとつ
また「すべての女性が輝く社会」をスローガンにしている安倍内閣だが、政治や経済、教育、健康の4分野での女性の地位を分析し数値化した順位では144か国中114位と散々だ。女性閣僚もわずか2人。約半数を占める北欧諸国と比べると話にならない。安倍首相は昨年6月の国際会議で「私が政権に復帰してからの4年間で働く女性は150万人増え、出産後も働く女性は初めて5割を超えた」と述べたが、日本が人口減少時代に入り女性労働を必要としているためで、実態は相変わらず安い労働力として使われているとみなす分析が多い。
■ 国民の将来不安は消えず
安倍政権では、16年度に539兆円だったGDPを20年までに600兆円にしたいとしているが、GDPが増えて社会保障費が増えているかといえば必ずしもそうなっておらず、自己責任で将来不安に備えて欲しいというのが政策の実態だろう。これでは経済が成長しても将来不安はなくならず、国民は低い預金金利にも関わらず、消費よりも預金に走っているのが実状だ。
▲写真 平成29年11月1日に発足した第4次安倍内閣 出典 首相官邸
安倍政権は外交に力を入れ、政権発足以来100ヵ国を越える国々をまわり、日本の存在感をアピールしてきた。日本を訪れた外国首脳や多国間協議の合間に行なった二国間首脳会議を数えると、おそらく300回前後にわたり外国首脳と会議を行なっている。しかし、首脳会議の数をこなしたからといって日本の存在感が増しているわけではない。
外国紙などの調査によると日本の世界における存在感は30-50位程度というのが多い。アメリカとの絆は深いがアジアやEUとの関係は、1970~90年の高度成長期に比べるとずっと低い。高度成長期は欧米の経済は停滞していたし、アジア諸国もまだ低開発国の域を脱していなかったので、高度成長をひた走っていた日本が眩く見え、それだけ存在感も大きかったのだろう。
▲写真 日米間首脳会談(平成29年9月21日) 出典 首相官邸
■ アジア特化を目指せ
いまや並みの中堅国家になりつつある日本が世界で再び輝くにはどうすればよいか、真剣に考える時だろう。もはや高度成長の国としての存在感を持てないとしたら何を特長として生きてゆくか、少なくとも「アジアのことは日本に聞かないと実情を知ることができない」というようなアジア特化こそが日本の目指す方向ではなかろうか。
トップ画像:シンガポールの街並み Photo by Cegoh
【訂正】本記事、以下の部分を修正致しました。(2018年3月19日 12時15分)
■ 女性活躍時代も今ひとつ
誤:女性閣僚もわずか3人。
正:女性閣僚もわずか2人。
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この記事を書いた人
嶌信彦ジャーナリスト
嶌信彦ジャーナリスト
慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、通産省、外務省、日銀、財界、経団連倶楽部、ワシントン特派員などを経て、1987年からフリーとなり、TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務める。
現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」にレギュラー出演。
2015年9月30日に新著ノンフィクション「日本兵捕虜はウズベキスタンにオペラハウスを建てた」(角川書店)を発売。本書は3刷後、改訂版として2019年9月に伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち」(角川新書)として発売。日本人捕虜たちが中央アジア・ウズベキスタンに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなる「ナボイ劇場」を完成させ、よく知られている悲惨なシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設秘話を描いている。その他著書に「日本人の覚悟~成熟経済を超える」(実業之日本社)、「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)等多数。